2019/06/21 相互に依存している不動産

みなさんはマイホームや投資用不動産を購入しようかな?と考えた場合に、どのような情報をその判断材料とするでしょうか?

不動産鑑定評価の場合、対象となっている土地や建物そのものだけではなく、その不動産を取り巻く地域や圏域の状況などを調査し、分析することを大切にしています。

でも、「購入するのは特定の土地や建物であって、地域の分析をなぜ大切にするの?」という疑問があるかもしれません。そこで以下のケースを例にとって説明してみたいと思います。

駅前の不動産価格は誰が高くした?

大都市では「駅前の一等地!」という言葉があるように、駅前の不動産はその都市の中でもトップクラスの高値となるケースがあります。そんなの当たり前でしょ!と思う人もいるかもしれませんが、では誰が駅前一等地にしたのか?と考えるとどうなるでしょうか。

駅前の土地が高くなるプロセス

まず、駅ができる以前の”ある土地”の状況を想像してみましょう。まだ駅がありませんから「どこにでもある土地」といった感じでしょうか?

さて、都市に鉄道が通ることになり、”ある土地”の近くに駅が建設されました。駅が開設されると毎日、通勤や通学、買い物客、観光客などの多くの人々が行き交い、駅の利用者がどんどん増えました。そのうち駅利用者をお客さんにした小売店や飲食店、ビル、商業施設などが増えていきます。そして、多くの人々が駅に集まるため、いろいろなビジネスチャンスが生まれ、多くの企業や個人が土地を買い求めようと殺到した結果、駅前の”ある土地”の価格はどんどん高くなりました。

ここで考えなければならないのは、駅前の”ある土地"の価格が高くなったのは、周りに駅やビル、店舗や事務所が他者によって建設され、”ある土地”でも多くのビジネスチャンスが生まれた結果ですが、またある一方で、”ある土地”自体も周囲に影響を与えながら価格が上がったということです。もし、”ある土地”が雑草が生えた荒れ地のまま放置されていたらどうでしょう?駅前のイメージを悪くしてしまったり、周辺の店舗や事務所を利用する人々の印象を悪くし、周囲に悪影響を与えてしまうかもしれません。

地域内の土地が相互に良い影響を与えることで地域の価値も高まる

一人の力で土地の価格を高めることよりも、他の土地や施設の影響を受け、また影響を与えながら土地の価格は高まっていくということです。このように土地や建物どうしがそれぞれ影響し合うような関係を「相互依存関係」といい、この相互に依存する関係にある範囲を不動産鑑定評価では「近隣地域」と呼びます。

近隣という概念

弊所初代理事長である櫛田は「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」の中で「近隣(地域)」の意味や意義を以下のように述べています。

「どの不動産であれ、その存在と働きとが認められている「場」というものがある筈であります。不動産のあり方分析には、この「場」がどのようなものであるか、将来それがどのように変わっていくのか、その「場」の中でどのような位置を占めるものであるか、ということの分析判断が土台となるものと思われるのであります。」

そして、櫛田は近隣を考える場合は「場」というものについて、しっかりと理解してもらいたいという思いを伝えています。

「場」の意味について

近隣とは物的な地域のみではない

櫛田は「近隣」に対する意味づけを、社会学上のテーマである「近隣集団」という概念の延長として理解しようとしていました。この「近隣集団」については、「個人と社会とを結ぶ媒(なかだ)ちとして大きな社会的役割をはたすものとされてます。」と説明しています。つまり近隣とは地理的、物的なまとまりというよりも、そこで暮らし、仕事をしている機能的な人々の集団という意味合いを強調しているのです。この「近隣集団」と「地域」とを結びつけたとき、「場」という概念が生まれてきます。

「場」を「卵モデル」で説明した清水博氏

この「場」という概念を、卵の黄身と白身を利用した「卵モデル」として説明した学者が清水博氏です。卵モデルでは黄身は「自己」、つまり自分自身の意識や性格といったものを示し、白身は活動範囲、つまり自己の空間的な活動範囲の広がりを示すというものです。黄身は他の黄身と一つになったりすることはありませんが、白身は他の白身とくっつくことで範囲が広がり、自分の白身と他者の白身の区別が付かなくなるというモデルです。

自分の白身(活動範囲)は他者の白身とくっつくことで、どんどん活動範囲が広がります。一つの卵のままでは白身の範囲は広がらないのです。このように、自分の活動範囲を広げるためには他者の活動範囲を取り込んでいくことが必要であることを説きました。卵モデルは、他者との交流や接触を通じて相互に活動範囲が広がり、多くの経験を通じて自己を高めることができる、そのような「人間同士が交流しある範囲」が「場」であると説明します。

人も不動産も相互依存で高まる

現代人は現実の社会や組織のコミュニティの中で他者との関係性を強め合ったり、高め合ったりすることが希薄になりつつあります。これを現代の不動産の利用に当てはめれば、地域内の調和とか融合といった意識よりも、目立つことや異質性を訴えるような「個の主張」を優先することと似ていると感じます。

不動産はその地域内の他の不動産との関わり合いの中で価格が高まったり、安くなったりするものです。不動産は所有者によって利用されることが中心です。とすれば、地域を構成している不動産どうしがばらばらに利用されるか、まとまりをもって利用されるかは、その地域内の所有者同士の関わりによると言えるでしょう。つまり、不動産がまとまった地域として品質を維持するかどうかは、結局はその地域内の人々(不動産の所有者など)の関係性に依存することになります。

他人との関わりや組織間の協調性が失われつつある現代だからこそ、人とのつながりや、相互依存関係(高め合ったり、助けあう意識)にあるという意識を持つことが重要だと思います。そうすることで、人々にとってより良い地域とその地域内の構成要素である不動産そのものの価値も高まるのだろうと考えます。(幸田 仁)