2019/07/18 相続制度改正に期待される私たちの役割

みなさん、こんにちは。日本不動産研究所の幸田仁(こうだ じん)です。

今回は、民法(相続法分野)の改正のうち、最近話題となった相続制度の改正をとりあげてみたいと思います。

相続制度は大きく改正されました

配偶者居住権が新設

相続制度の具体的な改正内容は、法務省等のホームページ等をご確認いただければと思います。

今回は相続制度改正のなかでも、「第1 配偶者の居住権を保護するための方策」の1つとして、相続人のうち配偶者(夫や妻)がマイホームなどに住み続けることができる「配偶者居住権」という権利が新設されたことについて考えてみたいと思います。法務省が公表している簡単なイメージは以下のとおりです。

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マイホーム所有者と相続の問題

昭和30年後半から平成はじめにかけて、高度経済成長期~バブル期における代表的な「家族」像といえば、「お父さんはサラリーマン、お母さんは専業主婦で子供は二人の4人家族」というイメージだったのではないでしょうか?そして、「夢のマイホーム」という合い言葉があったように、家族はお父さんの稼ぎでマイホームを購入し、一家団欒を築いてきました。マイホームは高い買い物でしたから、お父さんが住宅ローンを組んで返済していたことでしょう。そのため、マイホームの所有者もお父さんという場合が一般的なのです。

マイホームブームから約半世紀が経ち、当時のお父さんは65歳以上の高齢者となりました。お父さん名義のマイホームに高齢者夫婦のみが居住する世帯数も今や約800万世帯にも及んでいます。ここでお父さんが不幸にも亡くなってしまった場合、お父さん名義のマイホームに住んでいるお母さんは、そのマイホームを子供たちとともに相続することで、生活が苦しくなる可能性がありました。そこで、今回の「配偶者居住権」を新設し、少しでもお母さん(配偶者)の生活不安をなくそう、というのが改正の主旨です。

相続は「家族」のあり方と直結する

近年、家族間の事件やトラブルが増えています。殺人という最悪の結末をむかえる報道も増えています。私は家族間の事件やトラブルに関するニュースを見聞きするたびに深い悲しみを覚えます。これは家族、親子という人間関係のあり方が大きな変貌をとげているとも言えましょう。もちろん、相続ともなれば「財産の争い」にも発展するケースもあります。家族の絆が軽視されがちな現代社会では、親子間の相続トラブルが増えてくる気がします。

親子の関係が希薄化している?

新設された「配偶者居住権」は、お父さんが亡くなったとき、遺産相続でお母さんと子供たちが揉めることがないように、お母さんには安心してマイホームに住み続けてもらおうという狙いがあります。逆にこの制度が新設されるということは、残されたお母さんと子供の間で、マイホーム(自宅という財産=お金)にまつわる相続問題が当事者の話し合いでは解決できないケースがあるということの裏返しであると私は考えます。そして、悲しむべきは、親子の関係ですら配偶者居住権という「権利」を法律が定めなければならないほど、親と子の関係が壊れてしまっているということを示唆していると思うのです。親よりも財産、愛情よりも金、そういう現代社会になり果ててしまったのかと。

単に経済価値だけではない「マイホーム」の価値

不動産は人々の生活と活動に欠くことのできない基盤です。その意味は不動産投資といった言葉に代表されるような、不動産が生み出す利益だけに着目することではないということです。特に「マイホーム」には、夫婦として、あるいは家族として長い年月をかけて築き上げてきた数々の思い出、楽しかった生活、ご近所とのお付き合い、その土地で暮らす幸福感などが強く刻み込まれているはずです。しかし、残念ながら不動産の価格にこのような価値を織り込むことは非常に難しいです。そこに私たち不動産鑑定士が果たす責務と役割があると思っています。

民法学者の日本不動産研究所に対する期待

弊所で創立以来発行している季刊誌「不動産研究」では、昭和34年10月号(第1巻第2号)で、当時東京大学名誉教授で民法学者の大家であった我妻栄氏が、『「不動産研究所」に期待する』という題で寄稿されています。

法律の専門家のみでは社会の実状を把握することが難しい

我妻氏は当時、法務省の特別顧問として民法や関係法令の再検討を行っていました。その経験を踏まえたうえで、法律を作成する法務省の関係者の能力と限界について語っており、彼らは法律学の分野では優れた能力を持っているが、社会の実状、実態については充分に把握できていないため、どうしても論理的な吟味に傾いてしまう、と述べています。

不動産に関する法令研究は難しかった

また、不動産に関しては、実状を研究し、法律の検討に協力するところがなかったとして思い出話を次のように語っています。

「戦前、それもずっと以前における勧銀の努力である。私がまだ若かつた頃、勧銀の調査部での多年の調査研究の結果に基づいて、不動産登記簿にある程度の公信カを認める制度の試案を作り、松本蒸治、鳩山秀夫その他の諸先生を招いてその批判を求めたことがあつた。その案は、結局立法されるまでには至らなかつたが、その時の構想は、今日でも、学者にとつて重要な資料となつている。」

さらに、戦後の高度経済成長にさしかかる時代に、国内における新たな不動産取引や不動産の問題をとりあげ、これまでの古い法律観念では対応できないどころか、法整備が追いつかず、現実社会で次々に既成事実が積み上げられてしまうことが、かえって法律制度の創設を困難にしてしまう、焦眉の急を要するのだと警告を発していました。

このように我妻氏は、日本不動産研究所の前身である日本勧業銀行の不動産研究に対する功績を称える一方で、日本不動産研究所に対しても不動産に関する実状、実態の調査研究を継続的、かつ積極的・精力的に展開してほしいという願いが込められていました。

今回、相続制度が改正され「配偶者居住権」という権利が新設されたことは、時代や社会の実状を反映しているとも言えましょう。

日本不動産研究所の責務として

「不動産の価値を見極めること」その難しさは、不動産は単に1+1=2という世界ではないということもあるのではないでしょうか?

人々の幸福、よりよい暮らしと社会を作り上げるためには、不動産は欠かせないものです。しかし、ひとたび扱い方や評価の観点を見誤ると、大きなしっぺ返しがきます。それほどに不動産の価値を判定するということは、大きな責任と困難を伴うものなのだろうと感じます。

今回の相続制度の改正は、近年の相続にまつわる様々なトラブルを回避することができるでしょう。そして日本不動産研究所に期待される役割とは、我妻氏が警告したように、既成事実化する前に手を打つための研究を行うことでもあると思います。「人々の生活と活動とに欠くことのできない基盤である不動産」は、親子の関係をも砕いてしまうほどの威力をもつ「資産」になってしまった以上、単純にお金ではその価値を表せない「お母さんの終の棲家」をどのようにして評価すべきか?ということが、私たちがよりよい社会と人々の幸福に資するためにも取り組まなければならないテーマなのかもしれません。