日本の伝統的技法を活用したまちづくり(自然地形を活かす、容積移転、エスカレーター)

Vol3. 東京・六本木 自然地形を活かし緑を保持して 機能融合型のまちづくり

Vol3. 東京・六本木 自然地形を活かし緑を保持して 機能融合型のまちづくり

東京藝術大学美術学部建築科 講師 河村 茂 氏 博士(工学)

1.14 UPDATE

日本の伝統的技法を活用したまちづくり – 自然地形を活かす、容積移転、エスカレーター

 近代の都市整備は、西洋的価値観により「自然は克服するもの」として、人間が扱いやすいよう自然的要素を駆逐し人工的な環境に改編することを基本としてきた。都庁の都民広場に例をみるように、建築物を高層化し土地の高度利用を図ることで生み出された空地も、土や緑を排除し地表面をタイル等で舗装した人工的な環境を生み出す空間技法が、いわゆる近代化と称されてきた。

  しかし、このようなやり方は伝統的な日本のまちづくり技法とは相容れない。我が国においては伝統的に自然は慈しむものとし、地形を尊重し緑は残すなど、めったなことでは自然に大きく手を加えるようなことはしてこなかった。必要が生じ新しく開発するときも、自然に馴染ませるよう共生の方策を講じ、極力これに対応してきたのが、これまでの日本のやり方であった。ところが近代化以降、「旧のものは悪で新のものを善とする」考え方が喧伝され、日本のまちづくりも少し様子が変わっていた。

 ところが、昨今、近代化目標を達成すると、日本の人々も近代化の行き過ぎに気づき、これに疑問を呈するようになり、従来の日本の伝統的なやり方(参考1)に立ち返る動きがみられるようになってきた。しかし、近代化以降のやり方に慣れ、しかも経済の効率性を求めるビジネス風土の下で、都市の中に自然を残したり新しく緑を生み出し、これを都市の利便性や賑わいと融合させ両立させていくことは、まだまだなかなか困難なことである。だがこの地の関係者は、今回、この地を再開発するにあたり、高度成長期のようにブルドーザーやダンプカーを入れて所構わず地形をいじくり、人間の都合のいいように土地を改編してしまう、そんな西洋的価値観に基づくやり方ではない方法を模索していた。それはこの地の開発が1980年代後半にスタートしたこと、即ち、日本社会がバブル経済の荒波を超えることで経済成長期の風潮から脱し、新たに文化成熟期へと足を踏み入れたことと関係している。

※参考1 「日本の原風景と伝統的な納まりの技法」
我が国は強い海流に囲まれた島国で、海からすぐに山が立ち上がり、平地は海辺に張り付くようにして狭くしかも変形している。こうした土地には左右対称で整形のものより、少し雁行したり歪んだ形のものの方が周りの風景に融け込み、納まりがよく美しくみえる。日本人の美しいものを判断する基準は、この自然風土、地形などが影響しており、縄文時代から続く日本の原風景がベース(地)になって、これにマッチしたものが評価される傾向にある。大陸のだだっ広い平原にいて、何を描いても自由で、何をしても支障がない状況にある場合は、描きやすくまた造りやすいため、都市や施設等も左右対称に整形に配置構成されていったのと異なり、日本の風土は自然の制約が多く、整形ではうまく納まらなかったり、周囲とのバランス関係からみて納まりが悪いこともあり、長い時の流れの中で、納まりのよい姿・形を求め自然にそうなっていったのであろう。
日本人は、人工的なものをことさら嫌い、自然な状態が一番いいと考える。日本人にとって自然な状態とは、少し意味ありげに変形したり歪んでいて、ざらざら感のある所謂「自然っぽい(日本の原風景に近い)」状態をいう。左右対称であったり整形のものは工場においては造りやすく、また大量生産でコストダウンしやすいが、日本人の感性には合わない。歪んだ形はなかなか造りだしにくく、芸術センスと職人技(手先の器用さ)が要求されるが、人を飽きさせず長く親しめ、持続的なのである。
なぜなら、それが日本の風土にあい自然で、日本人の心に合い馴染むからである。温帯モンスーン気候の下で、緑に覆われた国土は湿っぽく、一年を通じ水蒸気に覆われている。また、長い時の流れの中で見ると、地震や台風などの影響を受け度々、国土の姿・形は微妙に変形していく、そんな日本において原風景となる見慣れた風景とは、地形面で起伏の変化があり下地も茶色(土)や緑色(樹木や草花)がかっていて、度々、強い水蒸気(白色)に覆われる湿っぽい景色なのである。江戸図屏風などにみられる、白い雲がたなびくあのような情景である。気候風土がつくる生活の原風景がそうしたものなので、新たに造られる建築物等も、それに融和するよう多少凸凹したり歪んでいて、少しざらざら感のあるもの、色も俗にアースカラーといわれるものが日本の風土に合っている。

泉ガーデン

 そうした世間の空気の変化を嗅ぎ取り、この地では再開発型のまちづくりにおいて、開発と保存、賑わいと静謐さという、相反する要素を融合させることに挑戦することになった。即ち、この地の自然地形上の特性などをふまえ伝統的に形成されてきた、この土地固有な要素を活かし、尾根部の自然と谷地の賑わいとが調和する魅力的なまちづくりの実現をめざし、従来からある斜面はそのまま残し、台地の尾根と谷という地形を活用、尾根部は文化・緑地ゾーンとし、ここに緑を中心とした小自然を確保し整備、傾斜部から谷地にかけては居住・ビジネスゾーンとし、大きく二つのタワーを建てるとともに、谷地の地下鉄駅前から5層ほどを商業施設として整備した。また、これら二つのゾーンをアーバン・コリドール(都市交流軸)としてエスカレーターで結ぶとともに、これをさらに尾根の反対側の谷地を通る地下鉄メトロ日比谷線の神谷町駅に向け、既に整備済みの城山ヒルズ内の歩行者路につなげ、この後できる仙石山ヒルズなど周辺地域の交通アクセスを改善する方向がとられた。

 段丘状の斜面地にアーバン・コリドールと称する、階段とエスカレーター等による歩行者空間を設けるにあたっては、その途中に緑と特色ある店舗群を配することで、通勤する人や地元の方が地下鉄を利用する際に、改札口広場から尾根部の道路まで気持ちよく、そして安全に移動できるよう工夫した。

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