第29回 新潟

百貨店撤退と中心市街地の衰退~危機感で「まちなか再生本部」~

第29回にっぽん「地価一番」物語 ~全国の中心市街地はいま~ 
住宅新報2010年10月26日号(14面)掲載
日本不動産研究所 新潟支所
不動産鑑定士  田中一春

「天地人」効果を飛ばす

新潟県は昨年、NHK大河ドラマ「天地人」によって一躍注目され、観光客の増加等経済的効果はあったものの残念ながら地価への影響はほとんど無かった。一方、老舗百貨店「大和」の県内主要都市3店舗(新潟・長岡・上越)全ての撤退が「天地人」による盛り上がりを吹き飛ばしてしまった感がある。

 


撤退した百貨店建物

県庁所在地である新潟市は平成17年(’05)3月に周辺市町村を合併し、平成19年(’07)4月に本州日本海側初の政令指定都市に移行した、人口約80万人の本州日本海側では最大規模の都市である。新潟市を代表する旧来からの中心商業地は「古町(ふるまち)」であり、その知名度は高く、県外から進出する小売業者などは、選択肢として1度は現場を見に訪れる場所であるが、全国の中心市街地のご多分に漏れず、ここ「古町」においても衰退を否定できない状況にある。かつては古町が県内最高価格地点であったが、今では新潟駅北口駅前にその座を奪われている。

 


JR新潟駅北口前にある新潟県内最高価格地点のビル

古町には、約330mの地下通路に約47のテナント区画がある地下商店街「西堀ローサ」がある。地下街としては日本海側では随一の規模であり、地下街でありながら鉄道駅などの公共交通施設には全く近接していない、全国的に珍しい形態の地下街である。この「西堀ローサ」のテナントのほぼ半分が空店舗になった(現在は特別なテナント誘致により暫定的に空店舗は解消している)ことが古町の衰退を暗に象徴していた。

 


地下街「西堀ローサ」

そこに古町のまさに中心部、古町十字路の一角を占め、60年以上にわたって町の顔として、また市民・県民に親しまれてきた庶民的百貨店「大和」の撤退発表により、地元に衝撃が走った。百貨店離れと中心市街地の衰退は、全国至る所で起きている珍しくもない現象であるが、最近の古町地区の衰退ぶりは危機的状況である。古町十字路は、かつて新潟一の人通りを誇った。この交差点を挟んで大和の斜め向かいの老舗書店「北光社」は1月末に閉店。四つ角のうち2つが空き店舗という異常事態が現実に起きている。

 古町衰退の背景には人口流出と車社会の普及に伴う郊外型店舗の集積などの構造変化がある。新潟市などでつくる「まちなか再生本部会議」の資料によると、2009年の古町の人口は8千8百人と、1980年比で3割減。一方、やや郊外に位置する買い物に便利な住宅地域には、若い層を中心とする住宅購入の動きにより人口が微増しているところもある。

 平成19年(’07)には、新潟駅と古町の間にある万代地区に若者向けの店舗40以上が入るテナントビル「ラブラ万代」が、江南区の亀田地区には店舗面積約7万平米、ジャスコと155の専門店からなる「イオン新潟南SC」がそれぞれオープン。その他、工場跡地やニュータウン造成地に各種量販店集積地が数カ所出現したことにより古町の集客力が目に見えて低下しつつあったところに、平成20年(’08)の世界同時不況に伴う消費不振がダメ押しした格好となった。

文化遺産活用の気運も

今回の異常事態により、新潟市では市長を本部長とし、地元商店街代表、経済界、学識経験者からなる「新潟市まちなか再生本部」が設置された。古町地区の活性化議論は過去にも幾度となく行われてきたが、具体的な実行策は示されなかった。今回は地元商店街等の危機意識は高く、今までバラバラに存在するだけで一体性に欠けていた歴史・文化遺産(県政記念館、歴史博物館、旧斎藤家夏の別邸、会津八一記念館等)を再生の足がかりにしようという気運もある。

 老舗百貨店撤退を機に盛り上がった街づくりに対する住民等の意識変化や提案を取り入れながら、商店街組織や行政が大胆な改革を実行し古町地区の活性化に繋がることを期待している。

(次回の第30回:にっぽん「地価一番」物語は『甲府』)

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