第36回 浜松

官民で賑わい創出に挑む~「浜松型コンパクトシティ」実現へ~

第36回にっぽん「地価一番」物語 ~全国の中心市街地はいま~ 
住宅新報2010年12月14日号(16面)掲載
日本不動産研究所 浜松支社
不動産鑑定士  松島芳知

市制100年の政令都市

浜松市は平成23年(’11)7月に市制100周年を迎えます。市制施行当時(明治44年7月)の人口は36,782人でしたが、昭和3年(’28)に10万人、昭和11年(’36)に15万人、昭和57年(’82)に50万人、平成17年(’05)に80万人を超え、静岡県第1位となっています。さらに、平成19年(’07)4月には、全国で16番目となる政令指定都市に移行しました。

浜松市中心部における地価

市中心部の地価については、昭和11年(’36)1月の「静岡民友新聞」の記事によると、旧松菱百貨店の敷地付近の土地(鍛冶町120番、400坪、地図①、以下同じ)を坪当たり400円(総額16万円)で売買契約に調印したとの記録が残されています。この場所の平成22年(’10)の相続税路線価が㎡当たり55万円(80%で割り戻して求めた時価は㎡当たり約69万円、坪当たり約227万円)であるため、単純に計算すると約74年間で、土地価格は5,675倍となったことになります。

 なお、あくまでも参考ですが、日本銀行発表の企業物価指数を基とした物価上昇率は、664.6(平成21年度)÷1.036(昭和11年度)=約642倍となりますので、5,675倍という数字には驚かされますが、中心部の地価が物価上昇を超えて上昇した背景としては、土地の高度利用や人口の増加、東海道新幹線浜松駅の開業による商圏の拡大等が理由として挙げられるのではないかと思います。

浜松市の最高価格地

また、過去の相続税路線価図をみると、昭和35年(’60)から平成7年(’95)までの約35年間は、浜松市の最高価格地は現在のヤマハ前(②)で、平成8年(’96)以降は、JR浜松駅前の遠鉄百貨店(昭和63年(’88)開店、③)前が最高価格地となっています。


JR浜松駅前。最高価格地の遠鉄百貨店③と建設中の商業ビル④が目立つ

現在の中心部(参考:写真)

現在、JR浜松駅周辺においては、遠鉄百貨店の北側の敷地に、新商業ビル(地下2階、地上13階建て、約40,200㎡、平成23年(’11)11月オープン予定、④)を建設中で、遠鉄百貨店と新商業ビルの間は、賑わい創出のためのイベントスペースとして整備される予定であるほか、遠鉄百貨店と新商業ビルについても地下1階と地上3~6階部分が通路として接続される予定です。

また、平成22年(’10)4月に「浜松まちなか賑わい協議会」が発足され、8月には中心商業地において、夏のイベントが開催される等、官民を挙げて「まちなか」を盛り上げる努力をしています。

 


JR浜松駅周辺の位置図

浜松に本格的な百貨店が開店してから約74年が経過

さて、浜松に初めて開店した本格的な百貨店は、棒屋百貨店(地上2階、売り場面積約200坪、昭和11年(’36)開店、⑤)で、その翌年に松菱百貨店(①)、昭和40年代には、遠鉄名店ビル(⑥)、長崎屋(⑦)、ニチイ(⑧)、西武百貨店(⑨)、丸井(⑩)が開店した結果、浜松市中心部は非常に賑わっておりましたが、昭和50年代に入り郊外の幹線道路沿いに駐車場を併設した大型店舗の進出が始まった影響や、平成に入ってから百貨店の撤退が相次いだ影響等もあり、現在、浜松市中心商業地は、いまひとつ元気がありません。

今後への期待

浜松市は、賑わい機能を浜松駅を中心とした地域に、また生活利便施設や文化施設は、各地域の拠点にコンパクトに集積させる(「浜松型コンパクトシティ」実現への)取り組みを行っております。浜松には「やらまいか精神」がありますので、市制100周年に向けて、私も浜松市民として、今よりももっと魅力ある浜松市を作り上げていくことに協力できればと考えています。そして、何か新しいことを始め、その変化に気付く人や企業がさらに工夫し、近い将来、「なんかいいね」と思われる街になっていくことを期待したいと思います。

(次回の第37回:にっぽん「地価一番」物語は『静岡』)

この地区の事業所はこちら

全国の地価動向マップはこちら