第41回 富山

「総曲輪通り地区」と「富山駅前地区」拮抗する両地区
~新幹線がもうすぐやってくる その効果は~

第41回にっぽん「地価一番」物語 ~全国の中心市街地はいま~ 
住宅新報2011年2月1日号(12面)掲載
日本不動産研究所 富山支所
不動産鑑定士  広瀬 信之

拮抗する2つの地区

富山県の人口は約109万人、そのうちの4割弱である約42万人が県都富山市に住む。富山市の中心商業地区は「総曲輪(そうがわ)通り地区」と「富山駅前地区」という二つの地区である。かつては「総曲輪通り地区」が一番の中心街であり地価も高かったが、再開発事業などが進んだ「富山駅前地区」が平成に入ってから急速に発展を遂げてきた。

「総曲輪通り地区」

 富山県は浄土真宗の門徒が多く、当地区は東西両別院の門前町として明治時代より多数の店舗が軒を連ね、その後はアーケードなどの設置によりさらなる発展を遂げてきた。一方で富山市郊外やその周辺町村では宅地開発が盛んに行われ、1世帯当たりの自家用車保有台数が全国で2位という車社会を生みだした結果、郊外店舗での買物が主流となり、さらには「富山駅前地区」の台頭で人通りが分散されたことなどから当地区の人通りは減少し、平成18年(’06)には約30年続いた「富山西武」が撤退した。
 こうした暗い話題の中、平成19年(’07)に地元老舗百貨店である「富山大和」が当地区に移転し、開店時には当地区一帯は往時を思わせるような賑わいを見せた。現在の人通りは開店時ほどではないが、以前よりは活気に満ちている。

 


老舗百貨店「富山大和」の外観

「富山駅前地区」

JR北陸本線「富山」駅や富山地方鉄道「電鉄富山」駅、またバスターミナルなどがあり人通りの多い地区だが、昭和60年頃(’85)までは戦後に建築された低層店舗や木造住宅が多く建ち並んでいたことから、県都の駅前といった感は無かった。ただ、平成前後に「富山」駅の隣接にファッションビル「マリエ」が、また駅前正面にホテルなどが入居する再開発ビルが完成したことなどで駅前としての顔が急速に形成された。

昭和58年(’83)の地価公示では、「総曲輪通り地区」の周辺の地点が㎡当たり152万円、一方当地区が67万円と2倍以上の開きがあったが、図表のとおり近年は均衡しており当地区の変貌を窺うことができる。

 


総曲輪通り地区のアーケード街


富山駅前地区

地価公示の推移を見ると、両地区の地価はバブル期の260万~270万円がピークで下落基調が続いている。新幹線開業を睨んだ首都圏企業による先行投資などから、平成20年(’08)は上昇したがその後は再び下落に転じ、平成22年(’10)は両地区とも41万円前後と、バブル期の15%程度の地価水準となっている。
 構想から約40年、富山県民の悲願であった北陸新幹線が平成26年度(’14)までに開業する。長野経由で東京-富山-金沢を結び、東京-富山間の所用時間は最短で2時間10分と、現在よりは1時間程度短縮される予定である。

 新幹線開業は富山市の発展の要として期待されるが、一方では首都圏や金沢市との所要時 間が短縮することから、これら地域への買物客の流出や支店・営業所機能の移転といった「ストロー現象」が危惧される。現在でも土曜や日曜に高速バスを利用して1時間程の金沢市に買物に行く若者は多い。また平成13年(’01)以降、中規模以上の事務所ビルの建築はない。これは賃貸需要は減少することはあっても増加することはない、とみる供給者側のメッセージであろう。 

街は地元が守る

ただ、手をこまねいて見ているわけにはいかない。現在「富山駅前地区」では地元企業による首都圏企業が保有する不動産の取得や再開発事業の構想が見られる。昨年(’10)秋には「マリエ」横の駐車場ビルが取得され、また「マリエ」周辺の大規模地についても地元企業が取得するのではとの声が聞かれる。「総曲輪通り地区」についても地元の個人や企業の取得が多く、ここでも再開発事業が計画されている。新幹線開業は不安もあるが、新たな展開を予感させるものでもある。地元の街は地元が造り地元が守る。地元企業による一連の動きは、この意気込みの現れと思うのはひいき目すぎるか。新幹線がきて街が滅びる、この結果だけはなんとしても避けねばならない。

(次回の第42回:にっぽん「地価一番」物語は『福井』)

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