第18回 大分

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”産業都市”の憂鬱と期待 ~駅南区画整理事業に可能性~

第18回にっぽん「地価一番」物語 ~全国の中心市街地はいま~
住宅新報2010年8月3・10日号(14面)掲載
日本不動産研究所 大分支所
不動産鑑定士 上治昭人

商業施設と地価の変遷

大分県は、戦国時代の武将・大友宗麟により清やポルトガルとの交易も盛んで繁栄を極めた。現代では、60年代に沿岸部が「新産業都市」の指定を受け、これを契機に日本有数の製鉄所や化学コンビナート等を有する「大分臨海工業地帯」が形成され、 九州を代表する工業都市へと発展。この時期から、人口も急増し、大規模住宅団地も造成された。

一方、大分市中心市街地では70年代に、大分駅前を中心にダイエー、ニチイなどの大型スーパーが相次いで進出。また、西友から業務転換した大分パルコは、当時九州初進出で、大分県人の誇れる商業施設だった。その後、オイルショックやバブル崩壊を経て、00年代になると郊外に、大型ショッピングモール「トキハわさだタウン」や「パークプレイス大分」が相次いで立地した。

熊本駅

大分市内で最も地価が高い公示地点は、JR大分駅から北方へ向かう中央通り沿いで地場の百貨店の向かい側に位置する標準地(大分5-1、中央町1丁目)。地価はオイルショック後上昇傾向にあり、昭和58年(’83)当時は1㎡当たり125万円。その後は緩やかな上昇だったが、バブル景気がピークに向かう昭和61年(’86)から急激な上昇となり平成元年(’89)は242万円、平成3年(’91)には420万円にまで (写真)大分市内の最高価格地点「大分5-1」周辺上昇した。
                     
バブル景気の崩壊とともに、土地神話も崩壊し、当該標準地の地価は下落し続け、平成18年(’06)は1㎡当たり68万円に。しかし、平成19年(’07)は69万円とわずかながら上昇したが、リーマンショクで、地価は再び下落。平成22年(10)は1㎡当たり59万円と、平成3年(’91)のピーク時比で約14%の水準にまで下落が進んだ。

現在、大分駅前を含む中心市街地では、唯一の高層のスーパー「大分サティ」が平成21年(’09)3月に閉店。今秋、新たに2階建ての地元スーパーがオープン予定だ。新たな商業施設の進出は喜ばしいことだが、指定容積率が400%の地域で、高度利用の観点からは惜しい気がする。

また、「大分パルコ」も平成23年(’11)2月末に閉店予定で、その後のテナントは未定だ。くしくも「パルコ」は今年(’10)3月に福岡市天神地区の旧岩田屋本館跡地に開業している。 

 

 


(写真)大分市内の最高価格地点「大分5-1」周辺


(写真)大分パルコ周辺の日曜日の賑わい

中心市街地は活性化事業

現在、大分市と地元商店などが市街地活性化事業に取り組んでいるが、中心市街地は厳しい状況にある。だが、今後に、大きく変わる可能性も出てきた。その一つが国、県、市、JR九州が挙げて取り組む「大分駅南土地区画整理事業」だ。中心市街地から駅を隔てた駅南地区に幅員100mのシンボルロードを中心とする新しい街並みづくりだ。駅ビルや大規模商業施設の進出の可能性もある。

また、これと並行して日豊本線の高架化事業も行われている。大分駅付近で北側と南側の通り抜けが可能となるほか、幹線道路上の大道陸橋の撤去工事によって当該道路沿線の商業地域の活性化が進むと予測される。

大分県は工業、商業、農業のバランスのとれた足腰の強い経済構造にあると思う。今後も官民力を合わせ知恵を出し合っていくことで、経済の回復と共に、再び中心市街地の活性化も可能だ。若者が楽しみ、お年寄りに便利な活力ある街となることを期待する。

 


(写真)大分駅南土地区画整理事業の施行地区

(次回の第19回:にっぽん「地価一番」物語は『熊本』)

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