2019/12/09 土地に聴く~過去、現在、未来~

皆さんこんにちは、幸田 仁です。令和元年も残すところ数週間となりました。今年の冬は暖かい日が多いような気がします。東京では2年連続で「木枯らし一号」が吹かずに冬を迎えたとのことで、2年連続で木枯らし一号が吹かなかったのは統計が残る昭和26年以降初めてのことのようです。

さて、今回のタイトルは「土地に聴く~過去、現在、未来~」です。皆さんは「過去」「現在」「未来」という言葉からどんな事柄を思い浮かべるでしょうか?

不動産の価格と過去、現在、未来

不動産鑑定評価では具体的な評価作業に入る前に、どのような不動産をどのような条件のもとで評価するかという基本的な前提を明確にしなければならず、その事柄の一つに価格時点があります。価格時点とは不動産鑑定評価額を判定した基準となる年月日をいいます。価格時点には、過去、現在、将来の3つの時点がありますが、ほとんどの場合は「現在時点」として鑑定評価を行います。

現在時点を基準とする意味

不動産鑑定評価で現在時点を基準とすることの意味はとても重要です。というのも不動産の価格というのは”定価”がありません。販売価格で買わなければならないというものでもないからです。その理由は不動産価格に影響する様々な要因(これを不動産鑑定評価基準では価格形成要因といいます)が日々変化しているからです。首都圏のように日々建設や開発が行われている地域と地方の農村地域とでは、時間の経過によって街や人口、社会経済環境の変化のスピードが異なるために、現在を軸にいつ時点を基準とするかが重要になるのです。

現在とは?

では、いったい「現在時点」という場合の「現在」の意味とはどういうことなのか?これを不動産鑑定評価基準では以下のように説明しています。

「不動産の価格は、過去と将来とにわたる長期的な考慮の下に形成される。今日の価格は、昨日の展開であり、明日を反映するものであって常に変化の過程にあるものである。(第1章第2節)」

また、不動産の鑑定評価に関する基本的考察(櫛田光男著)では、「現在」というものの捉え方として以下のように説明しています。

「現在(ある時点)という一点はどのような意味をもつのでしょうか。それはプラスとマイナスとの境目にある零ということであって、時間でいえば、その点以前とその点以降の境目をあらわすものであると思います。ではこの境目とはどのような意味を持っているのでしょうか。午後12時と午前零時とは同じ時点であります。一時点が同時に午後12時であり、午前零時であるということはどういうことなのでしょうか。申すまでもなく、前者は1日の終わりを示し、後者は1日の始まりを示します。つまり、その時点は終わりと始まりという二つのことを同時に兼ね備えているのであって、これが時間の境目としての時点の意味でありましょう。」

この意味は、以下のイラストのような感じだと思います。現在は、過去と未来の境目です。つまり現在は時間の流れの中では一瞬で過去と未来をつなぐ境目というイメージです。

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このイラストをみたとき、どのような感じを受けるでしょうか?私達は常に「現在」に生きている、と思います。しかし、現在とはほんの一瞬であり、「現在」の連続が過去となり、過去の蓄積によって未来が見えてくるという感覚ではないでしょうか?

人は経験、不動産は歴史から学ぶ

現在は境目であるという意味として捉えた場合、不動産(都市や国土)の現在とはどのように解釈すべきでしょうか?不動産の場合は過去からの連続性を理解することが大切です。時代のニーズに合わせて都市が生まれ、広がることもあれば、かつての宿場町や炭鉱町のように産業転換や技術革新によって都市のニーズが失われ、衰退してしまう都市もあります。

人は産まれてから日常生活に必要なモノ、コト、他者との関わりや社会のルールについて経験し、イメージとして学んでいきます。今、大人になった人々がスムーズに生活できるのは、過去の学び(経験)によって、目に見えるモノや取り巻く社会、他人との関係性にうまく対応できるからです。しかし、不動産の過去は現在から直接見ることができません。間接的に不動産やその周辺環境の変遷を歴史書や資料によって観念的に理解はできますが、自分の経験したことのように連続性をもって理解することが必要と考えます。

不動産の歴史は、人々の思いの歴史

そこでまず、不動産やその地域、都市の過去を知るためには、一般的には自治体や企業等が編纂した歴史資料などが参考になります。しかし、これらの歴史資料から読み取れる沿革だけを眺めていても、断片的な出来事を理解するだけになってしまい、その出来事のつながりをうまく解釈できずに終わってしまう可能性があります。その理由には2つあるだろうと感じており、その一つが現代の感覚で過去の歴史を見ているという点、もう一つが昔の人々の価値観や文化、風習、日常生活環境などをよく理解していない点です。

人々の思いを感じとる

私たちが全く経験したことのない状況について、昔の人々の思いからそれらを理解するためにはどうしたらよいでしょうか?

私個人の経験からは、暮しの手帖社が戦争体験の手記を募り、戦前から戦中、戦後にかけて生きてきた人々の思いをまとめた書籍が大変役に立ちました。政治や戦争とは無縁な普通の人々が、戦争、空襲に巻き込まれた体験などが多数掲載されており、単に過去の出来事として読み流すこともできますが、自分の体験としてとらえた場合はどうだろうか?ととても考えさせられる貴重な記録です。

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土地のことは土地に聴け

昭和30年代から40年代にかけて、日本全国の都市は戦後復興の高まりによって、土地に関する多くの弊害が問題となっていました。この土地問題を憂いた櫛田は以下のような言葉で思いを語りました。

「土地のことは土地に聴け。土地と人間との間に起こるいろいろな摩擦、これが土地問題となるのであるか?その解決の為には、何よりもまず、土地に対して愛情をもつこと、これが肝心であると思う。そして、土地が訴えるところをよく聞き分けて、その望む所を叶えてやる、その知恵と工夫とをもつならば、解決できない土地問題はないのではないかとさえ思う。土地問題に対する私の態度はつきつめて申せばこれに尽きる。」

未来に向けて土地の声を聴く

櫛田が挑戦した土地問題の解決。それは土地の願いを叶えること。土地の願いは長い歴史の中で、その土地で暮らし、活動してきた人々の思いをくみ取ること。そしてこれからの人々が安心して暮らし、活動できる都市として、あるいは産業の基盤とするために利用するための知恵を絞ることではないかと思います。土地は語ることは出来ません。

土地の声を聴くことができるのは、我々不動産鑑定士ではないでしょうか。(幸田 仁)