2020/01/24 「三方よし」の精神 ~原点回帰~

みなさん、こんにちは。日本不動産研究所の幸田 仁です。

最近は冬らしい寒さになり、ようやくスキー場もオープンできる積雪になってきたとのニュースを見ます。温暖化の影響なのでしょうか。南半球ではオーストラリアの超大規模な森林火災が収束することなく、2万匹以上のコアラが死んでしまったとのことで、痛ましい災害が続いています。国内のサンマ水揚げ量も過去最低(約4万トン)を記録し、こちらも海水温の上昇などが原因ではないかと言われています。

原点回帰の動き

伊藤忠商事の理念を原点に

1月16日、伊藤忠グループは企業理念を4月1日から「三方よし」に改定すると新聞各社で報道がありました。「三方よし」とは伊藤忠の創業者である初代伊藤忠兵衛氏が重んじた言葉で、近江商人の経営哲学として知られています。この「三方よし」とは「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の意味で、地域経済に貢献してこそ経済活動は許されるという理念に基づく精神です。企業活動は単に売り手と買い手が得をすれば良いということではなく、企業活動を通じて社会に貢献できることを旨とする言葉としてはとても有名ですね。

渋沢栄一ゆかりの会社が会合

また、朝日新聞の報道によると、東京商工会議所は初代会頭の渋沢栄一の誕生日にあたる2月13日、渋沢栄一が設立に関わり、現在も存続する企業や団体185社が集合して会合を開くとの報道がありました。渋沢栄一といえば新一万円札の肖像になると発表された人物でありますが、以前は知名度は低かったようです。

しかし、約500社にも及ぶ会社設立にかかわり、渋沢栄一の言葉「論語と算盤(そろばん)」は、経済活動と論語の精神(道徳)について一致の必要性を説き、経済活動を行うためには経営者に強い倫理観を求めたとされます。現在でも180社を超える会社が存続しているのは、渋沢栄一の先見性と行動力、そして企業活動の本質を金儲けのみではなく、強い倫理観を求めたこともその理由の一つではないかと感じます。

日本不動産研究所の初代会長は渋沢敬三

日本不動産研究所は昭和34年に創設されましたが、初代会長は渋沢栄一の孫の渋沢敬三です。

敬三はもともと生物が大好きな少年でしたが、祖父の栄一から渋沢家の跡継ぎになってほしいという強い要請を受け、第一銀行から日本銀行の副総裁、総裁を歴任し、終戦直後には大蔵大臣を務めました。一方では民俗学者として、多くの資料や郷土器具を収集し「アチック・ミューゼアム」を開設するほか、多くの民俗学者も育てています。敬三には祖父栄一の精神を受け継ぎ、金融・経済という国家に関わる大きな視点と、庶民(民俗)の暮らしという人間の尊さという視点が両立していたのだろうと感じます。

そして、この精神は日本不動産研究所が創立以来取り組んできた都市問題、公害問題、住宅問題に対する姿勢にも反映されています。初代会長渋沢敬三の理念や人生については、今後少しずつ紹介していきたいと思っています。

不動産鑑定評価の倫理観

不動産鑑定評価の実践は倫理性と真実性

日本不動産研究所創立時からのメンバーであった米田敬一は、季刊「不動産研究第7巻第2号(昭和40年4月)『不動産鑑定評価とその実践理論』」の中で、不動産の鑑定評価(経済価値を貨幣額で表示すること)の意義について言及しています。不動産の経済価値の判定について経済学の考え方を基礎とする場合においても、経済学は価格形成体系の関係性を客観的に分析するための基礎として位置づけるべきであり、「鑑定評価の場合は、哲学的価値判断であって理想的なもの又は正邪の判断が先駆するのである。」と主張しています。

そしてこの「哲学的価値判断」について、米田は「実践」という言葉を陽明学(儒教)の「知行合一(徳の行為の理論と徳の実践は相互一致していなければならない)」を手がかりに、実践理論は倫理的、道徳的に人間の主観的な規範に基づく行いに対して使われていることに基づけば、実践という行いには倫理面からの要請が求められていると説明しています。

倫理観は社会を維持するために必要なもの

哲学者和辻哲郎著「初稿倫理学」に、倫理学とは「人間の学」とし、「人間」という言葉の本来の意味を「世間」あるいは「世の中」であると説明しています。和辻哲郎が活躍した時代は、まだまだ「武士道精神」や上記にあげた近江商人の「三方よし」、あるいは渋沢栄一の「論語と算盤(そろばん)」という精神が、一人一人の行動規範として根付いていたのではないでしょうか。

明治から約150年が経ち、次第に倫理とか道徳とか言う言葉は、「理想論」「きれい事」というイメージの方が強くなったのかもしれません。しかし倫理観や道徳観という言葉を難しく考える必要はないと私は思っています。2015年9月の国連サミットで採択された「SDGs」の目標、ESG投資や環境不動産に対する注目は、「持続可能な社会と人々の豊かな暮らし」に着目した活動を目指すものです。その意味では国際的にも営利追求だけではない企業活動が求められていると言えるでしょう。

日本不動産研究所の創立理念にも、これらの精神が根底にあったのだろうと思います。「不動産鑑定評価を実践する」とは単に経済価値を表面的に把握するものではなく、人間社会のあり方をも含めた「倫理観」をもって見極めなければならない、現代社会も含め、今必要なのはそういう「原点に戻る」ということなのかもしれません。(幸田 仁)