2020/09/11 自民党総裁選にちなんで

皆さんこんにちは。日本不動産研究所の幸田 仁です。

今般の安倍総理の辞任により、自民党総裁選が始まります。連日マスメディアではそれぞれの候補者の打ち出す政策や政治的考え方などを報じています。自民党総裁選は、政党のトップを決める選挙ですが、事実上、自民党総裁になることで、首相指名選挙を得て総理大臣になります。そのため、実質的に総理大臣になる戦いとも言えるでしょう。

今回は、過去日本の戦後復興にむけた転換期に行われた総裁選を勝ち、総理大臣となった池田勇人にスポットをあててみたいと思います。

「宏池会」の源流

現在の総裁候補者の一人岸田氏は、派閥の領袖として「岸田派」と呼ばれていますが、「宏池会(こうちかい)」という団体の会長も務めています。

宏池会は、昭和32年(1957年)に当時の政治家池田勇人(いけだはやと)氏を後援する団体として結成されました。池田勇人は昭和35年(1960年)に「所得倍増計画」を打ち出した総理大臣としても有名です。

「所得倍増計画」を打ち出した池田勇人

昭和35年(1960年)は、いわゆる60年安保闘争が激化し、国会や岸私邸をとりまいて、過激なデモが行われ、この闘争によって東大女学生が死亡するというアクシデントが起きました。

岸総理大臣は、この60年新安保条約発効と共に辞意を表明し、次の首相となるべき自民党総裁選が始まったのです。

当時の自民党主流派は岸信介、佐藤栄作、河野一郎、大野伴睦を中心とする勢力で、池田勇人は反主流派でしたが総裁選を勝ち取りました。

そこにあったのは、60年安保闘争や収束しない学生運動といった暗い雰囲気が立ちこめる社会や政治に、「10年後には皆さんの給料が倍になる!」と唱えた池田勇人の「希望と期待」だったのではないかと、当時池田氏の秘書官を務めていた伊藤昌哉氏が回想しています。

官庁エコノミスト下村治

池田勇人は、「所得倍増計画」を声高に宣言して国民の支持を得ました。彼の自信の源泉となったのは大蔵官僚であり、経済学者でもある下村治氏に行き当たります。下村氏は大蔵省入省後、ケインズのいわゆる「一般理論」を徹底的に研究し、官庁エコノミストとして大蔵省の中でも一目置かれる存在でした。昭和29年(1954年)に大蔵省内部の参考資料として執筆した「金融引き締め政策-その正しい理解のために-」は、後に「下村理論」として下村氏独特の存在感を示した人物です。

七人のサムライ

当時の宏池会事務局長であった田村敏雄は池田勇人を交えて勉強会をしてほしいと下村氏に提案し、第1回の会合が昭和33年(1958年)7月10日に赤坂プリンスホテル旧館で開催されました。

集まったのは池田勇人、田村敏雄のほか、
・下村治
・星野直樹(大蔵官僚、満州国国務院総務長官で後政治家となる)
・高橋亀吉(民間エコノミストの草分け)
・櫛田光男(大蔵官僚、弊所初代理事長)
・平田敬一郎(大蔵官僚、大蔵事務次官、日本開発銀行総裁)
でした。後に、
・伊原隆(大蔵官僚、横浜銀行頭取、全国地方銀行協会会長)
・稲葉秀三(企画院で物資動員計画策定、日本工業新聞社長)
が加わり、池田勇人・田村敏雄の政策を推進させるブレーンとしてジャーナリズムでは彼らを「七人のサムライ」と呼ぶようになりました。そして、この会合は「木曜会」と名付けられたのです。

下村治の精神

下村治氏の根底にある精神性は、「人間中心の経済思想」ということでした。下村氏は当時、ある雑誌の座談会で次のように発言しています。

「人間が自分の創意工夫を働かして自分の生活を築き上げていくという、新しい状態を作り上げていく、新しい可能性を開拓していく。これが一番大事な根本の事である。」

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上久保敏著「評伝下村治「日本経済学」の実践者」日本経済評論社より

人間中心の思想

下村氏は人間が持つ創造性と可能性の探究にあると唱え、実践主義に基づいて経済理論を打ち立てました。実践主義に基づく下村氏の思想は上記七人のサムライの一人でもあった櫛田が後に不動産鑑定評価制度に携わる際にも影響を与えたのではないか、それが「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」に反映されているのではないかと感じます。

今回のコロナ禍により投資需要が大きく減少した不動産もあります。また、テレワークの導入拡大によりオフィス需要が今後縮小し、不動産の収益価値が低下するという意見もあります。

しかし、不動産が持つ「人と人とが交わる場」としての役割は変わるものではないと考えます。奇しくも、今回のコロナ禍によって、下村治氏の人間中心の精神思想の実行の可否が国民一人一人に問われていると思います。

そして、国民の諸活動により、新しい状態が作り上げられる、あるいは新しい可能性が開拓される過程を、不動産を通じてつぶさに把握し、その過程の先にある世界をとらえることが、われわれ不動産鑑定士に求められているのではないでしょうか。(幸田 仁)