2020/06/08 新型コロナウイルスの猛威から学ぶ世界恐慌(3)

皆さんこんにちは。日本不動産研究所の幸田 仁です。

新型コロナウイルスによる経済への影響は徐々に表面化しています。6月4日の朝日新聞によればコロナ影響倒産が200件を超えたという報道がされました。中小零細企業が半数を占め、アルバイトを含めた失業者は数万人単位で発生するのではないかと思います。生活苦に陥る人々も急激に増加、生活保護利用申請が今年4月に急増し、東京23区での増加率は前年に比べて約4割上昇したとのことです。

今回は第3部、弊所初代理事長櫛田光男が体験した世界恐慌、戦中の官僚時代、戦後の日本の復活を通じて、土地と人間に対する櫛田の一貫した思いをご紹介したいと思います。

豊かさの中の貧しさ

櫛田は弊所機関誌「不動産研究」で「曙雑記」として16回にわたり寄稿しています。曙雑記は日頃櫛田が見聞きしたこと、感じたことを書き留めておいたノートの名前がもとになっています。これが執筆された当時は戦後復興からまさに高度経済成長期に入り、東京をはじめとする大都市に怒濤のごとく人口が流入した時代です。曙雑記は、公害、住宅不足、乱開発、通勤地獄と極度な過密化など、都市発展の過程で半ば握りつぶされた諸問題に目を向けた執筆集でもあります。

土地と琴

「土地は琴のようなものである。強く弾けば強く鳴り、弱く弾けば弱く鳴る。弾き過ぎれば切れ、放っておけば弛む。これを奏でる者のいかんによって、われわれに対するその働きはプラスにもなればマイナスにもなる。」

櫛田は土地を琴に例えてこのように表現しました。土地は人間に対して訴えることができない。人間の諸活動を支える土地の限界をしっかりと見極めて、土地の能力を引き出し、人間との関係性を将来に向かって良好に調整することを櫛田は私たちに対して切に願ったといえましょう。

さらに私はこの琴に例えた土地は、「弾き手」によって奏でる音も全く異なるという含意もあると思います。ではこの弾き手は誰かということになりますが、この弾き手こそ私たち人間なのです。良い弾き手になるには、弾く技術を磨かなくてはならない。しかし美しく奏でるためには、技術に加えて、弾き手の感性と琴(土地)の能力を見極める力が必要になります。弾き手の感性とは、聴き手(聴衆)の心を動かす力です。

豊かさの中の貧しさ

櫛田はオーストリアの詩人リルケの小説「マルテの手記」を引用して、当時の急速に発展する大都会東京を批判しています。リルケの小説の引用を用いて、櫛田は以下のようにその印象を綴っています。

「パリという彼が望んで訪れたこの大都会の華々しい姿のかげに、憂うつ、不安、汚濁、腐敗の数々、とりわけ、あてがわれた、型にはまった人々の生き方と死に方の真の姿を認めて、リルケは戦慄したのである。」

人々は、自由と豊かさを求め、夢を抱いて大都市にやってくるが、そこに待ち受けているのは過酷な労働環境と、没個性化された経済システムに組み込まれ、金銭的不安に追い立てられながら「消費者」という下僕にならざるを得ない姿です。これを櫛田は「型の如く生まれ、型の如く生き、型の如く死ぬ。マルテの言葉を借りれば、既製品の一生ということになる。」と説き、「豊かさの中の貧しさ」と表現しました。

過密都市の未来

現在の大都市は、過密化によって成立しているといっても良いと思います。人口が集中することは様々なビジネスが生まれます。一方で、かつては公害という環境問題、現代では過労や心的ストレスによる精神障害など負の問題も抱えています。
櫛田は日本の歴史を振り返り、「我が国は、どの国にもまして、非連続の積み重ねのうえに今日を築き上げてきたように思う。われわれは既にいくつかの非連続(明治維新、富国強兵、数度の恐慌、地震などの天災、戦争による破壊)を経験し、かつこれを乗り越えた歴史を持っていると思う。非連続の処理は或いは特技であるかもしれない。」と期待を込めて語っています。

諸外国に比べても超過密都市として発展してきた日本の都市ですが、櫛田が一貫して主張していることは「福祉の犠牲においてなされる経済の成長は永続きしないことも明らかである。経済の成長はその担い手である人々の働きの生み出すものにほかならず、そしてこの働く人の再生産である場はなによりもまず働く人々の居住空間である」ということです。

そのためには、冒頭に述べたとおり、土地(大地)の限界を知り、技術と感性(創造性や自由な発想)を駆使して「暮らし」と「経済活動」を両立させることです。

新型コロナ禍から私たちが学ぶべきこと

経済成長は、人々の諸活動の結果です。彼らが疲弊してしまっては経済活動の基盤である都市の未来はありません。現に、新型コロナ禍による経済停滞は大都市から人が消えたことが直接的な原因の一つでもあります。

さらに、上記のとおり日本という国は幾度の非連続を経験しつつも乗り越えてきた歴史があります。今回追い風となっているのがICTの普及です。デジタル化が進んだ多くの職業ではテレワークやWEB会議、定型業務の自動化、情報セキュリティシステムの開発、人工知能(AI)により、人間にかわる処理の自動化等によって企業活動を持続することが可能となりました。経産省でもこれらのICTを活用した「デジタルトランスフォーメーション」を提言しています。

【デジタルトランスフォーメーションのイメージ:経済産業省 平成30年情報通信白書より】

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人間は、環境の変化に即座に対応できないという性質もあるため、テレワークによる家庭内のトラブル、課題も生じています。しかし、これらの課題はいずれ解決されることでしょう。場合によっては今後の住宅には「テレワーク部屋」のある間取りが標準になるかもしれません。

不動産鑑定士は今回の新型コロナ禍から何を学ぶべきでしょうか?不動産鑑定士は不動産鑑定評価という「理論と実践活動」を通じて、不動産、地域、都市の生の声を聞かなければなりません。その声は経済活動の声、往来する人々の声、そこで働く人々の声、その都市を支えている土地の声を聞くということなのだと感じます。(幸田 仁)