2020/06/18 テレワークと不動産(2)

皆さんこんにちは。日本不動産研究所の幸田 仁です。

コロナ禍による緊急事態宣言が解除され、徐々に都市にも人々が戻ってきているようです。朝日新聞によれば、クレジットカード大手JCBが消費動向の指数として発表する「JCB消費NOW」の5月後半では、百貨店、カフェ等は減少が大きく改善されていますが、鉄道やホテル、航空等の人の移動に伴う業種では依然として減少幅が改善されていないと報道されています。

今回はテレワークと不動産、特に私たち不動産鑑定士をはじめとする「専門職業家」にとってのテレワークの意味を考えて見たいと思います。

デジタル・ニッポン2020

令和2年6月11日、自由民主党政務調査会デジタル社会推進特別委員会は、デジタライゼーション政策として「デジタル・ニッポン2020~コロナ時代のデジタル田園都市国家構想~」を提言しました。

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【出典:自由民主党デジタル社会推進特別委員会提言より】

200ページにも及ぶこの提言では、コロナ禍をきっかけとした新しい社会として、居住地にとらわれない教育、医療、働き方等の「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を目指す提言となっており、とても読み応えのある内容です。

やはり、この提言の核となっているのはICT(Information and Communication Technology(情報通信技術))です。20年後、30年後の社会を見通しつつも、「田園都市構想」を実現するという大きなチャレンジだといえましょう。

田園都市国家の構想

少し話がずれますが、「田園都市国家の構想」とは、1980年に大平元総理のもと進められた研究報告です。大平元総理は1978年から1980年まで総理大臣を務めましたが、当時の社会党提出の内閣不信任案の可決により衆議院が解散、志半ばで選挙戦(初の衆参同時選挙)となった大平首相は選挙遊説中に心筋梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。

大平元総理が描いた田園都市の構想という「ビジョン」はその後の経済成長とバブル経済によってかき消されてしまいましたが、今回のコロナ禍とICTの実用化によって実現可能になったといえます。

テレワークと不動産鑑定士

さて、やっと本題に入ります。私たち不動産鑑定士は国家資格を保有する専門職業家として日々業務に従事しています。今回のコロナ禍により、弊所もテレワークやWEB会議など、ICTを活用した業務体勢の構築を進めています。テレワークはコロナ感染予防を中心に、業務効率化や3蜜を防ぐためのコミュニケーション方法を模索することにも大変役立ちました。一方で、テレワークの推進と私たち不動産鑑定士の働き方との関係も気になるようになりました。

不動産鑑定評価基準における専門家としての不動産鑑定士

不動産鑑定評価基準第1章「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」の中に、以下のような文章が記載されています。

「鑑定評価は、高度な知識と豊富な経験及び的確な判断力を持ち、さらに、これらが有機的かつ総合的に発揮できる練達堪能な専門家によってなされるとき、はじめて合理的であって客観的に論証できるものとなるのである。」

つまり、不動産鑑定士がカギ括弧付きの「不動産鑑定士」とならないためには、上記のとおり、「高度な知識」「豊富な経験」が必要であると説明されているのです。私は不動産鑑定士として実務を経験しながら頭の片隅にいつもひっかかりを覚えていたのが、この知識と経験とは何か?ということでした。

知識と経験

金井壽宏/楠見孝編「実践知」(有斐閣)では、実践知を「熟達者(エキスパート)がもつ実践に関する知識である」とし、その特徴として以下の4点を挙げています。

・個人の実践経験によって獲得されること

・仕事において目標指向的であること

・仕事の手順や手続きに関わること

・実践場面で役立つこと

この実践知については、私たち専門家にとって非常に多くの示唆を与えており、さらに、この熟達者になるためには「暗黙知」を獲得することが重要になると説明しています。

暗黙知とは

文字やイラストなどによって伝えることができる知識を「形式知」と一般的に呼ばれていますが、この形式知として表現できない、あるいは伝えられない知識が「暗黙知」と言われています。この暗黙知について、マイケル・ポランニーは彼の著作「暗黙知の次元」の中で、以下の一節から始めています。

「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」

簡単な例を出すと、あるスポーツ(何でも良いです)を習得し、かつ上級者となるために、何をするでしょうか?教則本を読んだり、動画を観たり、コーチの説明を聴いたりします。しかし、これらを何千回読んだり、観たり、聴いたりしたとしても、いきなり上級者にはなれません。実際に身体を動かし、失敗し、身体の動かし方のコツをつかんでいくことで徐々に上達するのです。では、この「コツ」を誰もが理解できるような普遍的な言葉で相手に伝えることができるでしょうか?それはできません。その人の理解度、身体能力、成長してきた環境によって異なるからです。

このように、上級者=エキスパートになるためには、単に言葉や文字、画像、動画を理解しただけではなく、これらの知識を実践し、失敗やより上達するためのコツを探究することで初めて達成されます。このような知が暗黙知であり、暗黙知は実践を通じて獲得されるのです。

練達堪能な専門家を目指して

今回のコロナ禍は、テレワークやWEB会議による働き方の変化、消費行動、経済活動などの都市のあり方の変化に加え、「新しい生活様式」の実践が求められています。都市は人々の行動規範や様式によって常に変化するならば、私たちもこのような変化を読み取り、不動産の価値を探究することが必要になります。

そして、不動産の価値に対する探求者としての私たち不動産鑑定士も熟達者(エキスパート)を目指す必要があるのです。次回は不動産の価値を的確に判断するための実践知を獲得するために、私たち不動産鑑定士に必要な資質や心構えについて説明していきたいと思います。

(幸田 仁)