2020/11/09 不動産鑑定評価の人間国宝

皆さんこんにちは。日本不動産研究所の幸田 仁です。

コロナ禍は依然として収束する気配がなく、国内でも第三波が警戒されています。社会的不安の増長は歴史的に見ても必ずしも良い結末を迎えていません。そのようなときこそ、「原点に戻る」「熟慮して冷静になる」ことが必要なのではないかと感じています。

今回は、このような原点に戻るという意味も込めて、弊所及び不動産鑑定評価理論の礎を築いてきた人々を紹介したいと思います。

日本不動産研究所の事業は実践的研究

日本不動産研究所の事業目的は、「不動産に関する理論的及び実証的研究の進歩発展を促進し、その普及の実践化及び実務の改善合理化を図ること」とし、この目的を達成するための事業の1番目に掲げているのは「不動産等に関する基礎的調査及び実践的研究」とされています。

3人の人間国宝

弊所機関誌「不動産研究」の第11巻第2号(昭和44年4月)において、創立十周年を記念して、「不動産鑑定評価の昨日・今日・明日」という特集が組まれました。その前文には以下のような初代日本不動産研究所理事長櫛田の紹介文が記載されています。

「私どもの日本不動産研究所には、人間国宝が三人おられると、私はかねがね自負している。嶋田久吉さん、米田敬一さん、そして那須艇次さんである。」

この記念号には三人のプロフィールとともに不動産鑑定評価に関する業務経歴と「不動産鑑定評価に対する持論」が記されておりその一部をご紹介します。

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嶋田久吉

大正15年4月に日本勧業銀行入行。昭和3年9月から鑑定事務を担当し、以降40年余りを鑑定業務に従事。勧業銀行の大正から戦後までの鑑定事務に関して第一線で活躍し、かつ、その記録と歴史を知る精通者。昭和2年の世界恐慌時には、日本銀行の特別融通及び損失補償法に関連して外部からの鑑定依頼を受け始めたとの回想を語っています。

米田敬一

農林土木関係の仕事を10年ほどした後、昭和10年に日本勧業銀行の鑑定役として入行。農業水利、開墾、耕地整理事業等に関わる鑑定業務に従事。戦時中に一旦退行し、戦後再入行。その後は不動産鑑定事務に従事した後、昭和34年の日本不動産研究所開所と同時に不動産鑑定評価について研究に励みました。

那須艇次

軍隊生活後大正7年3月に南朝鮮の勧業模範場に就職、大正7年7月に鑑定事務に従事、大正13年に日本勧業銀行に入行後、鑑定事務に50年にわたり専念し、昭和34年に発足した日本不動産研究所の鑑定役として入所しました。

実践的研究と不動産鑑定評価

十周年記念号では、この三名がそれぞれ思い出を語り、あるいは歴史を語っています。共通していることは「実践と理論に関する捉え方」でした。

貴重な資料の散逸(嶋田久吉)

終戦後の勧業銀行における唯一人の最後の「鑑定役」として活躍したまさしく鑑定のエキスパート。嶋田が特に残念であると語るのは「勧業銀行における鑑定担当部課の数度にわたる改革に伴い、勧業銀行創立以来先輩達によって、多年にわたりこつこつと収集し蓄積されてきた、資料や図面の散逸をいかんともなしがたったこと」と語り、さらに「保管のスペースは次第に圧縮されてくる、その貴重さをよく知る者もおのずから少なくなること等によって」と惜しんでいます。

鑑定評価理論は実践理論(米田敬一)

不動産鑑定評価活動に理論を求めようとするならば、理論と実践とそれぞれ独自的意味のつなぎ合わせとか、独自的意味の調和ではなく、実践に基礎をおき、そこから発するところに理論が見いだされて初めて実践理論であろうと考えると説明します。

また、「長年にわたる鑑定評価の経験」とは、「同じ手法を繰り返していくうちに熟達していくというのではなく、その経験の一つ一つは総て新しい経験で、その新しい経験が集積されて又新しい経験となり、段々に真実により近い評価がなされていくもの」と語っています。

私情を入れない(那須艇次)

不動産鑑定評価実務上の問題点として、不動産鑑定評価基準に従うのは当然で、不純な要素を入れてはいけない。心構えとか姿勢とかが悪かったなら、せっかく基準やら鑑定報告書やらがよくできていても「仏つくって魂入れず」で社会的信用を傷つけることになると強調します。人の言動にあまり左右されず、私情を入れずに鑑定評価を行うこと。

「重要なのは、皆さんの意見をよくきいて、自分の信念にもとづいて信頼性のある価格を求める。これで信頼を得ることができなかったならば、他に欠陥があると考え直さなければならない。

と、世の中(社会)の見方に対して私情が入りがちである中でも、信念を持って取り組むべきと語ります。

不動産鑑定評価の実践を改めて考える

現在、デジタルトランスフォーメーション(DX)等に向けた取り組みが始まっています。もちろん、不動産鑑定評価においてもデジタル社会到来による膨大なデータベースと技術群を駆使することが可能な時代となりました。

しかし、デジタル化やAI、ビッグデータによる分析が可能になったとしても、その土地に足を運び、地域を観察し、多くの経験を積むことが必要かつ重要であることは今も昔も変わりません。

かつての先人達が探究し、まさしく実践してきた不動産鑑定評価が、いわゆるカギ括弧付きの「不動産鑑定評価」として変容しないようにすることが求められています。

常に変化する社会を観察し、概念論に終止するのではなく、人々が気づかない機微に目を向け、それを鑑定評価活動という実践に反映し、絶えず研究していくことだろうと思うのです。(幸田 仁)