2021/05/24 取り戻せない価値について

皆さんこんにちは、日本不動産研究所の幸田 仁(こうだ じん)です。

コロナ禍による緊急事態宣言が一部の大都市を中心に続いておりますが、同時に5月は上場企業等の決算が続々と発表されています。内閣府が発表した2020年度の国内総生産は、前年度比実質4.6%減となり、事実上戦後最悪の落ち込みになったと報道されています。

コロナ禍において、最近の報道で特に気になったのが老朽化した建物の解体等の報道です。今回は、この老朽化した建物の取り壊しについて考えてみたいと思います。

著名な建物の取り壊し

コロナ禍が直接影響したかどうかは定かではありませんが、著名な建物の取り壊しが相次いでいます。

旧電通本社ビル

東京築地に所在する旧電通本社ビルは、1967年に完成しました。設計は広島平和記念資料館や国立代々木競技場で知られる故・丹下健三氏です。1960年代のオフィスビルに対して丹下氏が挑んだデザインとして、今では個性的な外観となっていますが今年の4月末から解体が開始されました。

旧原美術館

東京都品川区に所在し、実業家・原邦造の私邸を美術館として1979年に開館していましたが(建物自体は1938年に建築されています)、5月末から9月にかけて、当該美術館も解体工事が始まるとのことです。

旧宝塚ホテル

1926年に建築家 古塚正治の設計で建築されました。その後、数度の増築が行われましたが、90年以上にわたる老朽化により解体が決まり、2020年末より解体工事が始まりました。当該建物は県指定景観形成重要建造物でもありました。

中銀カプセルタワービル(取り壊されるかは未定)

東京中央区銀座8丁目に建つビル。1972年竣工のこの建物は、故・黒川紀章氏が設計した集合住宅で、諸説ありますがワンルームマンションの起源となる建物といわれています。現時点では取り壊されるという決定はなされていませんが、当ビルの希少性、歴史的価値を重視するグループによって「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」として様々な取り組みが行われています。

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歴史的価値の共有

都市は、時代によって様変わりしていくものです。明治以降東京は関東大震災や東京大空襲などの惨禍をうけながらも生き延びてきた歴史的建物がまだ数多く存在しています。しかし、これらの歴史的な建物も維持管理する力がなければ、いとも簡単に姿をなくしてしまうのだということを見せつけられた思いを感じます。

このような歴史的価値がある建物は所有者のみならず、これらの建物の歴史的な価値や貴重性を多くの人々が支持してくれることを願うばかりです。

時の経過による価値は取り戻せない

戦後から昭和にかけて栄えた雑多な繁華街、個人商店が立ち並ぶ商店街は徐々に姿を消しています。歴史的な建物や街並みに魅了されるのは「時の経過を感じさせる本物感」ではないでしょうか。

大正昭和時代のデザインをあしらった建物や昭和レトロな街並みを創り出すことが難しいのはそこに「時間の経過」という価値が感じられないからだと思います。

日本古来の言葉に「わびさび」という言葉があります。このうち「さび」は「寂(さ)ぶ」という古語が語源で、古くなる、色あせる、錆びるという意味から転じて、古くなり、老朽化していく様子に美しさを感じるという日本独特の美意識と言われています。

省エネ等の機能性、耐震性などを重視した建物は業務効率化と人々の安全を守るために必要かもしれません。一方で、歴史を感じ取れる建物や施設が消失してしまうことは、「時間の経過による価値」=「寂び」の美意識とその価値を二度と取り戻すことはできないのだということでもあると考えます。

戦後、高度経済成長によって常に新しさや新機能を求めた人々、そして「戦後から長い間、欧米に追いつけ、追い越せ」という開発主義に邁進した経済社会でしたが、そろそろ「時の経過が醸し出す価値」をしっかりと受け止めなければならない時期にきているのではないかと感じます。(幸田 仁)