2021/09/30 【現地レポート】中国・恒大集団の債務問題と中国不動産市場の足下の状況について

〔現地レポート〕中国・恒大集団の債務問題と中国不動産市場の足下の状況

不動研(上海)投資諮詢有限公司 副総経理 韓 寧々

 中国の不動産の大手、恒大集団の総額1.96兆元(約33兆円)にのぼる巨額債務問題は国内外の注目を集めている。発端となったのは、昨年9月に中国金融当局が導入した不動産開発業者の財務改善を念頭に、資産に対する負債の比率が高い企業に対する金融機関の融資規制「三道紅線(3つのレッドライン)」である。恒大集団は、この3つの基準すべてに抵触しており、新たな借り入れを封じられたことが、現在の資金繰りの悪化による経営的な危機につながっている。

恒大集団の概要

 恒大集団について簡単に紹介すると、恒大地産集団(現恒大集団)が1996年に個人営業の不動産会社として広州で設立されて以降、右肩上がりの不動産市況を背景に急成長を続け、2000年には広州市不動産業界における最も競争力を有する企業ランキングのトップとなり、さらに2006年には中国不動産企業ランキングのトップ20に入った。

 2009年に香港上場を果たしてからは、資本市場からの資金調達を追い風に、恒大地産(不動産開発)を主力としつつ、事業の多角化を進めてきた。例えば、2010年にサッカークラブの広州足球倶楽部を買収し、その後恒大新能源汽車(新エネルギー車)、恒大物業(不動産管理)、恒騰網路(インターネット番組)、房車宝(中古不動産・中古車)、恒大童世界(テーマパーク)、恒大健康(ヘルスケア)、恒大氷泉(ミネラルウォーター)に事業の手を広げ、今では「フォーチュン・グローバル500」(世界500強企業)に入る企業集団に成長している。

 ちなみに、2020年の年間売上高は5,070億元(約8兆円)、2021年上半期時点の従業員数は16万人を超えている。

恒大経営危機の要因とその影響

 恒大集団の経営危機は、主に、①盲目の多角化発展による過大な負債、②高レバレッジによる急激な拡張後の債務悪化、③利益率の低下と高い融資コストによる営利能力の低下、④当局の住宅ローン総量規制による不動産販売の不振、⑤金融機関の融資規制(3つのレッドライン)による借入の困難化、⑥3つのレッドラインといった融資規制や不動産企業融資の総量規制等による業界間のM&A(合併・買収)の障害、によるものと考えられる。

 恒大問題は、中国政府主導による不動産価格高騰抑制のための規制強化の結果として引き起こされた個別企業の経営危機であり、このような事態は既に政府の容認事項に織り込まれていると多くの現地市場関係者が指摘している。

 とはいえ、恒大のような中国の不動産市場への影響力が大きい企業が破綻すれば、短期的には中国不動産、そして経済全体への影響は避けられない。同社グループの従業員は16万人超え、中国全土約280都市において1,300以上の不動産プロジェクトを開発・管理していることから、1200万人以上とみられる同社の販売した住宅の購入者や居住者にも少なからず影響されるとみられる。さらに、取引先の建設業者や資材納入企業、商社などへの波及も避けられず、破綻に追い込まれる企業も出てくることが懸念されている。

 そのため、今年の8月下旬、債務返済などへの流用を防ぐため、同社の住宅プロジェクトが数多く進められている江蘇省や安徽省など少なくとも8つの省・自治区と広東省の一部の都市の当局では、恒大の住宅建設向け資金を管理する専用口座を開設した。これは、住宅購入者が支払った資金を保全し、確実に建設工事に充てられるようにすることが目的で、広東省の深セン市や珠海市などでは中央政府の住宅都市農村建設省も資金の監視に関わっている。また、恒大問題は、巨額の負債を抱える他の不動産開発業者にも波及しており、株価や債券価格の下落といった形で既に顕在化している。金融当局は8月下旬に健全な経営を行っているデベロッパーへの融資については、従来どおり行うように金融機関に対して指示を出すなど、影響が業界全体に大きく波及しないよう、手立ては講じられつつある。

中国の不動産マーケットの動向

 直近までの不動産マーケット指標をみると、2021年1-8月における不動産開発企業トップ100の累計販売金額は8.94兆元(前年同期比+22.1%)。単月でみると、7月、8月の前年同月比はそれぞれ▲13.8%、▲13.6%と大きく減少した。販売金額の減少の要因は主に下半期以降、各地において、住宅ローンの総量規制及び利用条件の審査の厳格化や住宅ローン金利の引上げといった動きによるものと考えられる。

 (出所)CRICデータに基づき不動研(上海)作成

 

 土地の集中供給状況(地方政府による土地使用権の定期売払)について、主要都市における2回目の土地集中供給は1回目に比べて、高い流札率及びプレミアムの低下が目立つ。不動産企業への融資規制及び融資総量の制限等を受け、デベロッパー各社は、新規土地の取得に関して、より厳選する姿勢が窺える。

(出所)CRICデータに基づき不動研(上海)作成

 

(出所)CRICデータに基づき不動研(上海)作成

 

 また、土地取得金額のランキングをみると、中央・国有企業に集約する傾向がみられ、恒大問題を受け、今後は金融機関が民間デベロッパーに対する融資姿勢はより慎重となることが想定され、民間デベロッパーの市場における競争力が弱まることが懸念される。

(出所)CRICデータに基づき不動研(上海)作成

 

 全国商品住宅(分譲マンション)販売単価の推移をみると、長期的には右肩上がりの傾向を確認することができる。近年は、一線級及び二線級都市で住宅購入規制、販売規制を受けた成約量の減少が見られる一方、三線級以下都市などでは成約量が増加している。このため、全国商品住宅販売単価は下落を示した時期やエリアによる違いはあるものの、全般的には堅調かつ価格底上げの動きが継続しており、需要の底堅さが見て取れる。

(出所)国家統計局データに基づき不動研(上海)作成

 

 他方、直近では、恒大を含む一部デベロッパーによる大幅な値下げ販売キャンペーンの動きが地方の二線級及び三線級都市で確認されており、江蘇省江陰市や山東省菏澤市などでは当局が「商品住宅販売価格は販売申請価格(開発時に当局に届け出た販売予定価格)を大きく下回ってはならない」といった値下げ制限策を公表している。これまでは、住宅価格が高騰している都市では販売価格の上げ幅を制限するような政策が相次いで発表されてきたが、今後は販売価格について双方向に制限をかける動きが地方に広がっていくと予想される。。

 ちなみに、下表に示す新築住宅の需給バランスを示す住宅販売在庫の消化期間データをみてみると、一部東北都市を除き、主要都市のほとんどは合理的な在庫水準を示す5~15カ月のレンジ内にあり、需給のバランスは保たれていることから、今後の住宅価格の安定推移に繋がると見込まれる。

(出所)CRICデータに基づき不動研(上海)作成

中国不動産市場の今後の見通し

 恒大問題は一民間企業の問題ではあるものの、これをきっかけに中国の不動産市場では今後いくつかの変調も予想される。第一に、政府が不動産市場へのコントロールを緩める気配はなく、厳格な融資規制は続く中、資金、土地といった資源は財務健全性の高い不動産企業に集約していく傾向が強まる可能性がある。第二に、三つのレッドラインに加えて、不動産企業及び個人の住宅ローンについての総量規制などの政策を受けて、需要者と供給者両方がより慎重な姿勢でマーケットに参加するようになるかもしれない。第三に、需給両面での政府の規制によって、短期的には不動産市場の減速が予想されるものの、中長期的にみると、不動産企業間の優勝劣敗が鮮明になりつつ再編が進み、不動産業界全体の成熟化に繋がるのではないか。

 中国の不動産市場の方向感を見定めるためにも、恒大問題の行方だけでなく、中国の各都市における住宅需給及び住宅価格の動向に注視する必要がある。

不動研(上海)投資諮詢有限公司 副総経理 韓 寧々)