2022/07/20 【コラム】反脆弱性の視点から住宅ローンを考える

みなさんこんにちは、日本不動産研究所の幸田 仁です。

国税庁は令和4年7月1日、2022年分の相続税路線価(基準日は1月1日)を発表しました。変動率の全国平均は、前年比0.5%上昇とコロナ禍による影響が一段落し、経済活動が徐々に復活してきたことで明るい兆しが見えてきたようです。

とはいえ、現在もコロナによる感染拡大、ウクライナ問題、急激な円安による物価高は、今後の経済活動にどのように影響するかはわからない状況といえるでしょう。

さて、今回はこのような状況下で、私達が必要とする住まいの確保のあり方を住宅ローンの視点から考えてみたいと思います。

住宅ローンに関する報道

令和4年6月29日の朝日新聞に興味深い記事がありました。手持ち資金も含めた住宅購入額は、2020年度で購入世帯年収の7.5倍になっているとのことです(住宅金融支援機構による「フラット35」のマンション融資額で、首都圏にある1都3県が対象)。

住宅問題の歴史

昭和40年代、高度経済成長に沸いた国内経済は大都市圏に労働者が集中し、異常な地価高騰が社会問題となっていました。これらの問題に対処するため建設省の諮問機関である住宅宅地審議会では、住宅政策に対して以下のとおり答申しています(昭和45年6月24日答申)。

・低所得者、都市勤労者等向けの公営住宅等の供給拡大

・狭小化、郊外遠隔化している民間住宅対策の強化

・住宅金融政策の強化

・住宅政策の最大障壁である地価の異常な高騰等、土地問題の抜本的解決

・住宅建設コストの低減(住宅産業振興)

当時大都市の中堅階層(中間層)が適正な居住費負担の範囲で購入することを実現するためには住宅コスト削減を目指し、住宅産業振興策として工業化、規格化・標準化、技術者の育成がすすめられました。

住宅宅地審議会が目指した年収倍率

では、昭和40年代当時、住宅価格の年収倍率に対する問題意識はどのような状況だったのかを確認しますと、昭和45年9月21日の答申によれば、年収の5~6倍では高すぎるという意識があり、これを年収の3~4倍にすることを目標にしています。もちろん当時は現在ほど住宅金融制度が整備されず、金利も高かったこともあると思いますが、少なくとも適正な倍率は4~5倍程度と考えていたのではないかと思います。

不確実性が増す社会

高度経済成長時は、徐々に世帯年収も増える時代でした。しかし、当時でも年収倍率5~6倍は家計に負担だという意識だったことは注視すべきです。

一方、現在は国際情勢やコロナ禍等の様々な要因が複雑化し、かつてないほど不確実性が高まっています。企業活動においても大企業・中小企業の別にかかわらず、状況によって企業は途端に売上を維持できなくなるおそれもあります。現代はかつての高度成長期とは異なり、将来を安定的に見通すことがとても難しくなっているといえるでしょう。

不確実性が高まる社会における考え方

ナシーム・ニコラス・タレブ氏の著書、「反脆弱性(はんぜいじゃくせい)」は、不確実な社会を生き延びるための考え方を提唱しています。

タレブ氏は反脆弱性の一つである「オプション性」について家賃を例に説明しています。賃貸住宅に住むことはオプション(選択権)を持っているというものです。たとえば、居住するアパートの家賃が高くなる場合、もっと安い家賃のアパートがあれば「引っ越す」ことができるというオプション性です。つまり、不確実性が高くなるほど、状況に応じた行動や選択ができる状態が「反脆弱」であるとタレブ氏は説明します。

豊かな暮らしを実現させるために

現在のような不確実性が高まる社会経済でも豊かな暮らしを実現するために必要な考え方は、反脆弱性を実現することだと考えます。タレブ氏の考え方を私なりに解釈すれば、「明日は明日の風が吹く」「人生万事塞翁が馬」という気持ちをもち、思い通りにならないこともあるという思考・姿勢で、これらのリスクをまるごと受け入れていこうという「心の余裕」なのかもしれません。

(幸田 仁)