2023/01/11 【不動研だより】海外不動産の評価・調査等の国際業務の取り組み

海外不動産の評価・調査等の国際業務の取り組み ~「不動産研究」第65巻第1号より

国際部 次長 斎藤敬之



本稿では、弊所における、欧米やアジアなど海外に所在する不動産の鑑定評価、市場調査やプロジェクトのフィージビリティ・スタディ等といった国際業務の取り組みについて紹介する。

1.国際業務の今日までの道程

 弊所では、2008年8月に当時の特定事業部内に海外不動産の評価に関する専門チームを設置して、欧米や中国など海外の不動産の評価・調査業務に取り組み始めて以降、海外での不動産開発や投資に係るプロジェクトに進出・展開する事業者の皆様を様々な形で支援してきた。

 当初の専門チーム設置の背景には、Jリートによる海外不動産への投資が検討されていた時期に、国内不動産と同様、海外不動産の鑑定評価に対応する必要があったからである。実際、2008年1月に国土交通省が海外不動産鑑定評価ガイドラインを策定し、同年5月に東京証券取引所がJリートの海外不動産の組入を解禁した。ところが、 2007年夏に米国のサブプライムローン問題に端を発した金融市場の混乱は世界中に飛び火し、2008年9月にリーマン・ブラザーズの破綻が伝えられる頃には、国内ではファンドビジネスを積極展開していた新興不動産会社の経営破綻や投資法人による民事再生の申請といったイベントが続き、不動産市場にも一気に不況の波が押し寄せ、Jリート等による海外不動産投資の気運も急速に低下していった。

 このような逆風の中でも、専門チームでは欧米や東南アジアの不動産市場の調査を継続するとともに、不動産市場が成長期にあった中国への進出に乗り出すデベロッパーの皆様をサポートする取り組みに注力した。2012年9月の尖閣諸島の国有化を背景にチャイナリスクが指摘され始める頃になると、チャイナ・プラス・ワン(アセアン諸国などへの生産拠点の分散)の動きが加速し、それに伴って不動産開発の分野でもタイ、インドネシア、ベトナム等での日系企業の投資が増加し始め、弊所でも不動産の評価や市場調査等の形で開発プロジェクトのサポートに取り組んだ。

 2014年5月には弊所の組織再編で上記の専門チームが国際部として独立し、成熟した投資不動産市場を持つ欧米、経済大国としての存在感を高める中国(中華圏)、グローバル・サプライチェーンの中で成長を続けるアセアン(アジア・パシフィック)の3つのエリアのそれぞれで、地域に精通したチームで事業者の皆様の様々なニーズに対応する体制を整えた。このように、国際部は前身の専門チーム時代から蓄積した情報、ノウハウ、ネットワークを活かし、上海及びシンガポールの現地法人と連携して、各国の不動産市場の動向を把握し、日系企業が海外不動産の投融資等の事業活動を推進する過程で発生する各種課題の解決を支援する取り組みを続けている。以下では、弊所の国際業務におけるコアコンピタンスについて、具体的な二つの事例と絡めて紹介する。

2.海外の不動産市場を調査する力

 都市化の進行と個人消費の拡大が目覚ましい中華圏及びアジア・パシフィック地域に進出する日系デベロッパーの投資活動は、従来から住宅分譲や商業施設の開発運営が中心であるが、ここにきてアセアン諸国での物流施設への投資や開発を検討する動きが出てきている。

 例えば、アセアンにおける物流施設の開発・投資市場を調査分析する際のアプローチとして、道路や港湾、空港、鉄道といった物流インフラの整備状況や、消費や生産といった経済活動を背景に形成される都市圏の経済規模や人口等、さらに、メインテーマである当該都市圏における不動産市場全般及び物流施設に係る市場の現状等を各国ごとに見ていくのであるが、この際のポイントは弊所で既に研究・把握している日本や米国の先進国における物流市場に関する知見をアセアンの各国に当てはめて、同一の視点で横串を刺していくことにある。これは一見するとごく当たり前のことであるが、国や地域を跨がる調査をグローバル系の鑑定会社に依頼すると、書式のみならず、調査項目も国ごとにバラバラな成果物が納品されることが少なくない。弊所では、従来から地域間やエリア間のバランス、アセット毎の差異等を意識して市場調査を行ってきており、国際業務についても同様に対応している。したがって、不動産市場に関する情報の透明性が低く、言語も多岐に渡るアセアン諸国の不動産市場についても、弊所では今日まで累積してきたノウハウを基盤として、現地法人や現地提携先等とのネットワークを活用しながら、様々なニーズに「ワンストップ」で対応することができる。

3.海外の不動産を分析する力

 欧米における不動産鑑定評価の役割は「不動産市場における価格形成プロセスを再現すること」であり、これは日本においても同様である。また、投資用不動産の評価では、収益性や市場性を重視し、不動産投資家が物件を取得してから売却するまでの投資行動を、将来起こり得る賃貸市場や取引市場の変動をキャッシュフローとして明示していくDCF法などの収益還元法による評価が定着している。この点、日本と欧米の間で市場慣行の違いはあっても、評価の考え方や方法について基本的に差異はない。

 このように、鑑定評価の役割や方法論でほとんどギャップが認められない中、現地鑑定評価書を手にしたクライアントが戸惑う最大のポイントは、欧米では不動産市場に関する情報の透明性が高いことから、多数の賃貸事例や取引事例を引用しながら市場動向等が説明されている点が挙げられる。また、不動産投資家調査等の指標が整備されており、新規賃料や還元利回りといった主要な計数の市場レンジを把握するのが容易であることから、現地鑑定評価書にはデータが豊富に掲載されている一方で、新規賃料や還元利回り等の評価額を左右する計数については、その結論に至るまでの説明があっさりし過ぎているのである。この説明不足の部分を弊所が補うために、現地の不動産投資ビジネスのプロ達が利用している複数のデータサービスを契約し、各種事例を独自に収集・分析するとともに、それに基づいて不動産市場の現状を丁寧に説明している。

 また、個別不動産の評価においては、米国を中心に現地で広く利用されている投資用不動産の収益査定ソフトであるアーガスを使用して、弊所の視点による評価を提供している。そのような意味で、海外の不動産であっても、日本国内に所在する不動産と全く同じ感覚で、クライアントからの相談や評価依頼に対応できることも弊所の強みの一つといえる。

4.継続的な取り組みを通じたナレッジの蓄積

 弊所の国際業務の強みとして、「海外の不動産市場を調査する力」と「海外の不動産を分析する力」を挙げてみた。この二つの事柄は特に目新しさはないが、不動産の専門家集団として当然に備えるべきスキルといえる。しかし、国内の不動産ではなく、海外の不動産について、上記の二つの力は一朝一夕に身につけられるものではない。増して、それらを組織的かつ継続的に実践していくことは、費用・時間・人材育成等の面からも相当に難易度が高く、容易に模倣できるものではないと確信している。

 また、弊所の海外不動産との関わりについて、その歴史を紐解くと、1997年9月には「中国の不動産政策の現状と動向」、1998年9月には「不動産投資市場におけるインデックスの役割」、2001年10月には「不動産市場の国際化と日本経済の回復」といった当時の最新トピックをテーマとして、現地の専門家を招いてシンポジウムを開催する等、海外の先進的な取り組みをいち早く調査・把握し、皆様に発信するという活動を続けてきた。このような不動産の諸問題に対する目線の高さが弊所の国際業務の基盤となっているのである。

 新型コロナウイルスのパンデミック以降、サプライチェーンの混乱や資源高に起因する世界的なインフレ、それに対応する各国中央の銀行による政策金利の引き上げ、さらにウクライナ問題等、世界経済の先行きに対する不透明感は日に日に増している。このような状況を受けて、各国の不動産市場にも変調の兆しも出てきている中、グローバルな不動産市場のダイナミズムについてライブ感を持って語れるよう引き続きナレッジを蓄積し、皆様に提供すべく取り組んでいきたい。

(「不動産研究第65巻第1号 特集「DX(デジタルトランスフォーメーション)と不動産」 国際部 次長 斎藤敬之)