台地の尾根と谷とを結ぶまち(傾斜地の再開発)

Vol3. 東京・六本木 自然地形を活かし緑を保持して 機能融合型のまちづくり

Vol3. 東京・六本木 自然地形を活かし緑を保持して 機能融合型のまちづくり

東京藝術大学美術学部建築科 講師 河村 茂 氏 博士(工学)

1.14 UPDATE

台地の尾根と谷とを結ぶまち – 傾斜地の再開発

 この地は、武蔵野台地を構成する7つの台地のうちの一つで一番東京湾側にあり、赤坂溜池から狸穴にかけて広がる麻布台地に位置している。この台地の尾根部分にはアメリカ、スペイン、スウェーデンなどの大使館やホテルオークラなどが立地し、緑の庭園を抱え閑静な街並みを形成している。しかし、2000年前後から、この地にも開発の波が及び、台地の尾根部分を通る道路、通称「尾根道」に沿って、台地の尾根から谷にかけて大規模な開発が逐次、進んでいった。まずはアークヒルズである、そして城山ヒルズ、仙石山ヒルズなどと続き、ここに紹介する六本木一丁目西地区「泉ガーデン」も、その一つである。

 この地は、北側にアークヒルズが迫り、西の谷部には放射1号線・首都高速道路2号線が走っている。また、東は尾根部で城山ヒルズと仙石山ヒルズに接している。当地区の区域は台地の尾根から谷にかけて広がっており、いわゆる傾斜地である。この地は大方が江戸期の町屋の佇まいを継承し木造の密集地として残され、一歩中に入ると傾斜もきつく緊急車両も通れないほど狭隘な通路に沿って、敷地が階段状に形成され、そこには老朽化した木造家屋が連なり、都心に近いにもかかわらず鉄道など都市インフラが貧弱なことから、近くに地下鉄が整備されるまでの間は、閑静な環境・景観が維持されてきた。

閑静な尾根道

 近年、地価の高騰に伴いビル開発が進展してくると、都心に近いこともあり、周辺でも建築物の高層化が進み住宅地としての居住性が低下、老朽化した木造家屋と狭隘な道路事情とが相まって、防災面からも危惧されるような状況を呈していた。

 この地は、現状においてバス便しかなく陸の孤島的ではあるが、将来の谷地への地下鉄駅の開設を視野に入れ、アークヒルズや城山ヒルズなどに近接する地の利を活かし、周辺地域と関係づけ台地の尾根から谷にかけての傾斜地を一体的に再開発することにより、この地を地形のくびきから解放し、土地のポテンシャルを顕在化させる(開発付加価値を生み出す)ことが模索された。一般には、住宅地に求められる「静謐」と商業・業務地が求める「賑わい」とは相容れないが、地元関係者は諦めず、江戸時代の武家屋敷の面影を引きずる尾根部の緑溢れる環境・景観を、再開発によって超高層のオフィスやホテル、店舗ができても、これを住宅ともども何とか残せないものかと模索していった。

場所のもつ固有性 台地の尾根(静謐、住まいと緑)と谷(賑わい、商業サービス)とを結ぶ傾斜地

 東京の地形は起伏の激しい(下町と山の手では高低差が20~40mもある。)武蔵野台地が手のひらを広げたような形で広がっており、この台地の尾根部分にあたる指と指との間には大小の谷を幾重にも刻んで複雑な地形を形作っている。麻布台地と称されるこの地(泉ガーデン)は、武蔵野台地の突端部に位置し、西側は台地の尾根と谷とが入り組んで首都高速道路2号線と3号線の分岐点となり、その東側も谷から尾根そしてまた谷といった具合にとりわけ地形が複雑な場所柄である。当該土地は、区域面積は約3.2haと規模は大きいが、地形の起伏が激しく開発が難しい傾斜地で、当該地内の尾根部と谷地との間には20mほどの高低差がある。

 江戸時代は、この地形を活かし尾根部には大名屋敷が配され、武蔵野台地の面影を残す形で樹木が群生し野鳥の棲家となっていた。また、谷地には武家地にサービスする町家などがあった。明治以降も、武家屋敷を引き継ぐ形で台地の尾根部分には、華族や政財界の著名人の邸宅や外国の大使館などが建ち並び気品が漂っていた。再開発の対象地(六本木一丁目西地区)になった頃も、この地には旧住友会館が存し緑豊かで閑静な環境を形成していた。このような台地の尾根と谷との棲み分け、結びつきの関係には固有なものがある。