商業・業務街の賑わいと文化・住宅街の静謐さとが調和するまち(土地の傾斜の活用)

Vol3. 東京・六本木 自然地形を活かし緑を保持して 機能融合型のまちづくり

Vol3. 東京・六本木 自然地形を活かし緑を保持して 機能融合型のまちづくり

東京藝術大学美術学部建築科 講師 河村 茂 氏 博士(工学)

1.14 UPDATE

商業・業務街の賑わいと文化・住宅街の静謐さとが調和するまち – 土地の傾斜の活用

 商業・業務街の賑わいと文化・住宅街の静謐さとが調和する、この地のまちづくりの構想を制度上も可能とするため、具体に活用された手法が容積適正配分型と再開発等促進区に係る地区計画である。これらの手法を活用し、当該地区を大きく特性の異なる二つの街区に分け、台地の尾根と谷という地形上の特性をふまえ、容積を場所柄に応じ(尾根部のA街区と傾斜地のB街区に分け)適正に配分し直すとともに、B街区ではさらに一団地認定により同一街区内で敷地間の容積を再配分し建築物をタワー状にすることで、賑わいと静謐さとが矛盾なく両立するようにした。

  しかし、そのためには、この地を一体的に再開発する必要があり、そこで活用したのが第一種市街地再開発事業制度である。この手法を活用し権利変換という方法で関係権利者の権利をある時点で一括処理することで、この土地利用がようやく可能となった。また事業性を確保するため参加組合員制度を活用し民間活力を導入、新しく創出される施設建築物をデベロッパーに購入してもらうことも、この事業のポイントの一つであった。権利の処理にあたっては都市再開発法第111条(地上権非設定型)を活用し、権利の一斉変換が行われた。

  施設配置としては、尾根部に位置する武家屋敷の面影を引きずる旧住友会館・庭園に代わり、ここには美術館等の文化施設を配し、その周囲には緑地として緑豊かな良好な環境を残した。一方、傾斜地から谷にかけての木造住宅等の密集地は、社会の求めに応じ住宅棟と商業・業務棟とに分け、建物を集約し、新しくできる施設建築物の機能をレジデンシャルタワーとオフィスタワーという形で、都市空間を合理的に再構成するとともに、谷部に面してはオフィスタワーの足下に5層程度の商業施設を配し賑わいを創出した。

 また、谷地の地下鉄東京メトロ南北線・六本木一丁目の駅コンコースから、尾根部に存する美術館・緑地までを、地形の起伏を意識し斜面に沿って、近代化技術の成果でもあるエスカレーター(動く歩道)を設置し、傾斜地を緑と店舗からなる三次元の空間として構成しなおし、エスカレーターに乗って上下に移動している間も、移動するにつれ、景色の移り変わりが楽しめるよう工夫している。

 尾根部に上がってしまえば、そこには閑静な緑地が広がり、敷地内にはクスノキとケヤキの大木が美術館入口に移植され、地域における緑のシンボルとなっている。こうして尾根道沿いは引き続き野鳥の棲家となり、この先に位置するアークヒルズの広大なサンクチュアリー・ガーデンや城山ヒルズ、仙石山ヒルズの緑地へとつながっている。また、アーバン・コリドールを先に進めば、城山ヒルズ地内の歩行者通路を通り、地下鉄メトロ日比谷線・神谷町駅に徒歩6分で到達できる。

 このように尾根道周辺では、泉ガーデンのほかアークヒルズそして城山ヒルズ、そしてその隣には仙石山ヒルズといった具合に自然地形を活かし緑を保持した機能融合型のまちづくりが進展しており、江戸期からの傾斜地を活用した伝統的なまちづくりスタイルは、さらなる広がりをみせている。なお、緑の確保にあたっては、再開発等促進区を定める地区計画を活用し空地整備における緑化の特例措置を受けている(参考2)

ルーフガーデンテラス(エスカレータ、商業店舗)

※参考2 「都市開発諸制度と緑」
この六本木の再開発にあたっては、「再開発等促進区を定める地区計画」の制度が活用された。この制度は、地区内だけでなく地区外の利便の向上等にも寄与する公共施設を整備することで、「用途地域変更」+「特定街区」の機能を発揮するよう仕組まれている。用途地域の変更は用途地域の指定基準に従い、都市構造上の位置づけや都市基盤整備の状況などを勘案して行われる。また、特定街区は、街区レベルの大規模なまとまった敷地において、市街地の整備改善に有効な空地を確保する建築計画に対し、建築基準法上の形態規制をリセットし容積率を割増すなどして街区単位に新たな計画規制を設定するものである。都市再生特別地区も運用面からみると、容積率の割増対象のメニューが多様であったり多少の違いはあるが、再開発等促進区を定める地区計画と同様に、特定街区の計画規制の考え方をベースとしている。即ち、街区レベル以上の建築計画は、特定街区の計画基準が基本となっている。
さて、都市開発諸制度の原点ともいえる特定街区の計画基準であるが、基本的には市街地整備に有効な空地の量に対応し容積率の割増が決まる仕組みとなっており、この空地の評価にあたっては東京都の場合、地表面を基本に、このレベルより上下に位置したり、またピロティ状のものなど開放性が少ないと、空地の有効度が低減される仕組みとなっている。一方、特例として、空地の一部を緑化した場合は、この部分の有効性を2割増とする措置が講じられている。この特例措置は、東京都がここに至るまで20年間に及ぶ国の計画標準の運用実態、また地域の特性や時代状況の変化をふまえ、独自の運用基準として整備した中に初めて位置付けられた。
当時、東京都では、1970年代前半に公害行政から脱皮したあと、自然保護行政を展開し10年ほどの時が経っていた。そして自然のシンボルとして緑の保護と回復をめざし、開発の種類、規模また地域などに応じ一定の緑地の確保を目標に掲げた。日本の原風景は緑に覆われた国土であり、日本の風土は、通常であれば山岳部などを除き地表は緑で覆われる。しかし、近代化以降、都市はコンクリートジャングルと化し緑が後退、ヒートアイランド現象などが発生したり、鳥類の飛来も減少するなど都市の人工環境化が進んでいた。このままではいけないと考え、東京都では中心市街にも緑を復活させることになった。都市において緑を確保する必要性が高いのは、郊外部よりむしろ都心部である。
丁度その頃、1980年前後から経済が安定成長へと移行したのをうけ、次なる成熟のステージへと歩みを進めるため、江戸の成熟期が庭園都市であったこともふまえ、これからは都市開発においても市街地(特に都心部)に緑を確保することが重要として取られた措置が緑化の特例である。要はボーナス容積率を付与してでも有効空地の一部を緑化してもらおうということである。これは都市政策の方向転換を示す先駆けとしてのサイン、世の中へのアドバルーンでもあった。
この緑化の特例措置の適用第1号は、敷地の一部に武蔵野の雑木林の景観を再生した新宿の「京王プラザホテル」の変更計画である。1978年のことであった。京王プラザホテルは当初計画が1969年で高度成長真っ只中、モータリゼーションが急激に進展していた。そこでこの時代は有効空地の概念に車寄せなど自動車関係のアプローチ路も入っていた。しかし、自動車公害問題の深刻化に伴い制度運用としてこれらの空地は有効空地として評価しないことになっていたため、ホテル南館を計画するとき空地が不足する事態となった。そこで世の中のニーズを捉え措置されたのが緑化の特例である。その後、この特例措置を活用し大規模な緑化を実施した事例としては、1985年に都市計画された港区芝の「NEC本社ビル」がある。これは街区面積2.1haに林を整備し、その中にスペースシャトルのような形態のビルを建設したものである。計画の狙いは、超高層ビルなので当時、社会問題化していたビル風害対策の意味ももって取り組まれた。これに続いて特定街区としては中央区明石町の「聖路加ガーデン」(街区面積3.9ha)がある。また、昨今では都市再生特別地区を活用した「大手町の森」が評判を呼んでいるが、これより前に再開発等促進区を定める地区計画を活用した本件、港区六本木の「泉ガーデン」の事例があり、そして現在整備中の新宿区の「市ヶ谷の森」(地区面積7.2ha)へと続いている。

都市計画 市街地再開発事業、再開発等促進区&容積適正配分型地区計画

 この地の再開発にあたっては、第一種市街地再開発事業を適用することとし、その前提となる再開発等促進区を定める地区計画とともに、容積移転を行うために容積適正配分型の地区計画も定められた。
都市計画の内容としては、尾根部に位置するA街区(0.6㏊)については、建ぺい率を14%・容積率を50%に抑え、ここに低層の文化施設を配しあわせて緑地(約2000㎡)を整備する。また、谷地のガーデンタワーのあるB街区(2.6㏊)には、A街区の未利用容積をここに移し、建ぺい率63%・容積率1000%とし、ここにオフィスとホテル、マンション(261戸)等の施設を配置し、土地の高度利用を図る内容となっている。
地区全体の面積は3.2haで、延べ面積は約21万㎡、店舗数は25である。尾根と谷との結びつきを強めるため建物周囲には緑を配し、ビジネスと生活と文化施設(ギャラリーや泉屋博古館分館)の一体感を高めている。昨今、谷部のガーデンタワーには、金融、IT、法務税務のコンサルタントなど、知識集約型サービスの先端企業等が入居し、アークヒルズ等から連なる国際ビジネス拠点として発展している。

施設の概要

 谷地の放射1号線に面し業務棟(泉ガーデンタワーとウィング)、そして傾斜部に住宅棟(泉ガーデンレジデンス)また台地の尾根部分に美術館(泉屋博古館)とホール(ガーデンギャラリー)、広場を配置している。この谷と尾根との間には長いエスカレーターを複数設置し、地形のくびきから解放し二つの街区を結びつけている。敷地面積は約23,869m2、建築面積は約11,990m2、延床面積は総計で約208,401m2である。

  各棟の内訳は、業務棟の泉ガーデンタワーが地上45階・地下2階建で延べ面積157,365m2、高さは216mである。このビルには事務所とホテルのほか地上5階までが店舗、レストランそして上部に住友会館が配されている。また、住居棟は泉ガーデンレジデンスで、地上32階・地下2階建で延べ面積44,097m2である。業務棟と住宅棟との間にはフィットネスクラブを配し、近隣の人々の利用にも供している。

  この他にオフィスタワーの脇に泉ガーデンウイングとして、地上6階・地下2階建、延べ面積3,401m2のオフィスビルが配されるとともに、尾根部にはギャラリーとして地上1階・地下1階建、延べ面積2,175m2、泉屋博古館として地上1階・地下1階建、延べ面積1,363m2の施設が、それぞれ配置されている。

参考文献等
横山寛、川原伸朗「開かれたまちづくり泉ガーデンの誕生」再開発コーディネーター協会2003 NO.101
日本都市計画学会「日本の都市づくり、泉ガーデンp178~179」朝倉書店2011.11
東京都港区ホームページ
泉ガーデンホームページ
日建設計ホームページ
森ビルホームページ

 

目次

  1. 台地の尾根と谷とを結ぶまち
  2. まちづくりの経緯
  3. 日本の伝統的技法を活用したまちづくり
  4. 商業・業務街の賑わいと
    文化・住宅街の静謐さとが調和するまち